配属決定

 今日は2日目。しかしまだ通勤には慣れない。噂には聞いていたが東京の通勤事情というのはすさまじい。
 9:00ごろ会社に到着。集合は9:30なので早く着きすぎた。まだ誰も来ていなかった。9:30をちょっと過ぎたころ、総務部長が来て今日のスケジュールとちょっとした連絡事項を連絡される。そして10:00ごろ、テレビ番組についての研修開始。うちの会社で制作しているテレビ番組の方向性と、現在制作中の番組についての説明を受ける。しかしこの日はなぜかわからないがすさまじい睡魔が襲ってきて、寝ないようにするのに必死だった。
 11:00ごろから「ビデオ映像部」の説明。この時間、なぜかはわからないが眠気のピークが訪れた。話自体は聞きごたえのあるものなのだが、どうしても眠気が襲ってくる。新人が研修中に居眠りをするというのはいくらなんでも感じ悪いので、眠らないようにペンで指を刺したり指を折れるぐらいまで反らしたりと、あらゆる手をつくしてみた。しかしそんな努力もむなしく睡魔は体を蝕んでいく。途中、頭がゆれだしたらしく、隣に座っていた女の子が「これはまずい」と思ったらしく、僕の足を蹴って起こしてくれた。その後は眠らないように、とりあえず話をじっと聞いてるだけでは眠くなってしまうので、耳に入ってくる言葉を速記のように紙に書いていった。すると少しは眠気も晴れた。しかし後で見ると筆跡がヘビのようにのたうっていたので、ときどき寝てたのだろう。
 昼食後はテレビ局(うちの会社の親会社の系列で、東京キー5局の中の1つ)の見学。みんなで地下鉄に乗って移動。午後になると眠気は不思議なことにすっかり晴れていた。おそらく移動したりしながら体を動かしていたので眠くならなかったのだろう。テレビ局に着くと、まずは会議室に通されうちの会社とテレビ局の関係についての説明を受ける。その後、各フロアをまわり、編成、報道、制作、技術などの各部署を見てまわる。途中、マスタールームに入り説明を受け、スタジオでセットを見学した。一通り見た後、会社に戻る。
 16:30ごろ、身分証明書に張りつける写真の撮影を行い、16:50ごろから年代の近い先輩との懇談会が行われた。最初は「テレビ本部」「ビデオ映像部」「企画制作部(CD-ROMなど制作)」「特別事業本部」「CS・CATV用のニュースを制作する部」の5つの部署から1人ずつ、計5人の先輩が来てくれた。途中少し遅れて「技術部」の先輩も登場。合計6人と僕たち新人11人で懇談会が行われた。懇談会と言っても、そもそも僕たちは何を話していいのかわからなかったため、先輩たちが質問し、それに答えていくというような感じだった。このとき先輩から「みんなはどこの部署を希望してるの」と聞かれ、僕は「基本的に全ての部署に興味があるんですが、中でも特にテレビかCS・CATV用のニュースを制作する部にいけたらと思っています」と答えた。しかしどの部署に配属されるかはおそらく既に決められているのだろう。
 懇談会後、いよいよ配属先の発表。総務部長がみんなの部署を一気に読み上げるのかと思ったら、1人ずつ部屋の外に出て、各部署の管理職の方から直接知らされるということだった。11人中僕は最後から3番目。1人あたり5分ずつぐらいかかってたので、僕のところまで順番がまわってくるまでかなりの時間がかかった。すごくどきどきしながら待つ。僕は「テレビ本部」か「CS・CATV用のニュースを制作する部」のどちらかを希望していたので、ちゃんとそこに配属されるかどうかドキドキしながら待っていた。すると、僕より前に配属先を聞いた人たちの中に「テレビ本部」と「CS・CATV用のニュースを制作する部」の人がおり、すでにそれぞれの管理職の人たちと去っていってしまったので、僕がそれらの部署に配属という可能性はなくなった。「どこなんだろう」そう思いながら待っていた。そしていよいよ僕の名前が呼ばれ別室に移動。そこで言われたのは「隼田くんはマルチメディア本部のビデオ映像部に配属となりました」という言葉だった。「ビデオ映像部ってどういうことをするんだろう??」と思いながら、とりあえずその場を離れる。ちょっと待つように言われて待っていると、ビデオ映像部の先輩が僕を迎えに来た。こういうものは最初の印象が大事だと思い、大きな声ではきはきと話をするように心がけた。
 迎えに来てくれた先輩とビデオ映像部のあるフロアに移動する。今日は人が少なめだったが、とりあえずその場にいた人に挨拶をしてまわる。そして先輩から「明日は9:30に来て」と言われる。そしてかるーくビデオ映像部の説明を受けて今日はもう帰っていいよということになる。帰り際に服装はどうしたらいいのかわからなかったので聞いてみた。すると「動きやすいカッコだったらなんでもいいよ」ということだった。
 そういうわけで新人研修は今日で終了。明日からはビデオ映像部で働くことになった。


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