ロケ現場前日入り

 いつものように10:00前に出勤。昨日のうちに作っておいたロケスケジュールをプリントアウトしてコピー。関係者に配布する。午前中はいくつかの雑務をこなし、昼食後、近くの洋菓子屋で取材先用の謝礼として菓子折を購入する。先輩の大津さんはエバンタイユという店で「レーズンサンド」というものをよく買っているということだったので、僕もそれを買う。
 会社に戻ってしばらくは特にやることもなかったので、ヒマを持て余してると見られないようにロケの資料を読んでいるフリをする。そして15:00、ホワイトボードに「大阪ロケ18日R」と書き、遠藤さんとともに出発。技術スタッフは前日から大阪入りして別の撮影を行っており、明日の撮影のために遠藤さんと僕が今日合流するということになっている。神田から東京駅まで歩くかと思っていたら、「歩くわけないだろ!」と言われ、神田駅から山手線で東京駅に向かう。昨日、佐藤さんに「ロケのとき、個人の持ち物は極力少なくすること」とアドバイスを受けていたので、自分の荷物は必要最小限に抑えた。持ち物は1泊分の着替えと謝礼とBETACAM SPのテープ、そして技術スタッフの忘れ物のバッテリー。
 東京駅に着くとすぐにみどりの窓口に向かい、切符の変更をする。前もって買っておいた新幹線よりも早いものに乗ることになったからである。ひかり237号 東京(15:24)→新大阪(18:23)に変更。当然喫煙車。僕はタバコを吸わないが、遠藤さんがスモーカーなため一緒に喫煙車にする。新幹線ホームのKIOSKで雑誌と飲み物を買い、ちょっと早めに新幹線に乗り込む。出発してしばらくは2人で話をしていたが、新横浜をすぎたあたりで遠藤さんが眠ってしまったので、僕は1人で雑誌を読む。しかし僕もしばらくしたら眠くなってきたので寝る。目が覚めたのは16:50ごろだった。遠藤さんは雑誌を読み、僕は新聞を読む。
 2人でのんびりしていると18:00ちょうどに遠藤さんの携帯に電話が入った。電話の主は大手さんだった。大手さんは今夜、大阪の友人の家に泊まるらしく、明日の朝食時の打ち合わせを8:00からにしてほしいということだった。
 電話のすぐあと新幹線は京都駅に着いた。京都から東京に引っ越してまだ3週間ぐらいしか経っていなかったが、もう遠い街のような気がした。右側の窓から立て替えられて巨大になった京都駅、左側の窓から東寺の五重塔が見えた。新幹線が京都駅を出てすぐ、右側の窓から京都の街をとりかこむ山々が見えた。ちょうど夕方ということもあり、山の稜線は紫色に染まっていた。そんな京都の街を見ていると急に懐かしさがこみ上げてきた。京都で過ごした4年間を思いだしつつ窓の外を眺めていた。
 新幹線が新大阪に着き、僕らはそのまま在来線に乗り換え。JR京都線のホームへ行き、新快速に乗り込む。社内は夕方ということもあって混みあっていた。ときどき聞こえてくる関西弁が妙に懐かしかった。JR大阪駅に着くと今度は地下鉄谷町線に乗り換える。東梅田から一つとなりの南森町へ。今日撮影してるスタッフは南森町のホテルに宿泊することになっていたので、僕らも合流した。チェックインをすませて部屋に荷物を置き、すぐ夕食へ。天神橋筋商店街の中にある和定食屋に入る。食事を終え会計を済ませて店の外に出ると遠藤さんは「じゃ!明日朝8時な!」といって去って行った。僕は梅田に戻り、紀伊国屋書店でしばらく立ち読みをする。時計を見るとまだ20:00だったので、知り合いのいるドキュメンタリー工房というプロダクションに遊びに行こうかと思って電話をしてみたが、誰もいなかったので仕方なくホテルに戻る。
 22:30ぐらいまでのんびりテレビを見ていたが、ふと、レンタカーを返却する阪急梅田のニッポンレンタカーの場所を知らないということに気づき、急いで岡田さんと大津さんに電話する。しかしつながらなかったので明日の朝一番にニッポンレンタカーに電話してホテルに地図をFAXで送ってもらうことにした。
 結局ずーっとテレビを見て、25:00ごろ就寝。


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