不採用通知

 今日は10:30から大同生命で台本の打ち合わせがある。そのため、9:20ごろ出勤。プロデューサーの阿部さんの分の台本をコピーして、出発に備える。
 10:15ごろ、歩いて日本橋の大同生命本社ビルに行く。入り口前でディレクターの野々上さんを待つ。すると10:25ごろに地下鉄の出口から野々上さんが現れた。その場で台本やその他諸々の進行状況を立ち話。そしてエレベーターに乗って担当者のところに行く。応接室に通され、台本の内容、今後のスケジュールについて打ち合わせる。
 打ち合わせが終わって会社に戻ったのは10:45ごろだった。その後、午前中は企画書の文章を手直ししていく作業をして終わる。午後になって、日機連99の取材先企業に一通り連絡し、年明けの撮影日程が決まったか問い合わせる。その後、三菱重工業のPRビデオを制作しているリョーインというプロダクションに電話をかけ、過去のビデオの映像を貸してもらうようにお願いする。すると必要と思われる分だけVHSにコピーして送ってくれるということになった。
 夕方、阿部さんに企画書の案を渡し、内容を見てもらう。一通り目を通してもらった後、内容や構成に関していくつかのコメントをもらう。とりあえず急ぐようにとのことだった。
 18:00ごろ、会社の僕の机の周りに散らばっている資料を整理していると、阿部さんが1枚の紙を持って僕の方に近づいて来た。なんだろうと思い、紙を見てみると、先日提出した「幼児交通安全教育ビデオ」の企画書の不採用通知だった。阿部さんは何も言わず、仕方ないというような顔をしていたが、僕としてはヒジョーに悲しい結果だった。そりゃ、初めて書いた企画書が通るようなら苦労することはないのだろうが、それでも自分としては通す気持ちで書いていたのだから、悔しい気持ちで一杯だった。とりあえず今書いている企画をがんばって仕上げ、今度こそ採用されるようにするしかない。
 18:20ごろ、今日は早めに会社を出る。


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