一足早い新年会

 10:30ごろ目が覚める。キッチンに行くと、母が朝食を作ってくれた。朝食をとりながら母と話をしてしていると、なんでも兄(長男)は1月2日の午前中までに帰らなくてはならないらしく、祖父と祖母は明日から旅行に出かけてしまうということなので、1日早いけど今日のうちに新年会をやってしまうことになったということを聞いた。
 午後、兄の車で、母と兄夫婦そろって若松の商店街に買い物に行く。商店街の様子は僕が知っている当時とほとんど変わっていない。スーパーで食材を買い込み、続いて魚屋で刺身用の魚を買い込む。この魚屋は僕の小学校、中学校時代の同級生の両親が経営している店で、うちの家はよくここで魚を買っていた。久しぶりに店に行ってみると、なんと僕の同級生が店の奥で働いていた。おそらく家を継いで魚屋をやっていくことにしたのだろう。そう思いながら魚を見ていると、横から僕の顔をのぞき込んでいる店員に気づいた。よくよく見てみると、これまたさっきの同級生とは別の、中学校時代の同級生(小学校は別)が店で働いていた。しばらく彼女と店先で話をした。よくよく聞いてみると、既に結婚して子どもが2人もいるらしい。かなりびっくりしてしまった。
 買い物を終え、家に戻ってくると、僕は兄と再び出かける。なんでも兄はノートパソコン用の保護ケースを買いたいらしかった。ただ、僕も兄も、北九州のどこに行けばそういうパソコンのサプライ用品が買えるのか全くわからなかった。というのも、兄も僕も、まだパソコンが一般に広がる前に北九州を出てしまったので、今の北九州の状況が全くわからなかったのである。とりあえず用勺のベスト電器に行ってみる。するとここにはパソコンすら置いていなかった。仕方がないので、そのまま黒崎に行ってみる。しかし2人ともどこに電気屋があるかわからないので、適当にブラブラ車を走らせながら探してみることにした。そうこうしているうちに、東筑紫、西南女学院、明治学園の前を通って戸畑駅前まで出てきてしまった。すると、新しくできたばかりのSATYの隣に、これまた新しくベスト電器ができていた。とりあえず車を停め、中をまわってみる。この店にはパソコン関係のサプライ用品はそこそこ置いてあったのだが、目当てのものは見つからなかった。結局見つけることができず、そのまま家に帰る。
 家に帰ると、次男の家族が既に来ていた。ちなみにうちの家族は男3人兄弟。僕はその末っ子にあたる。長男は半導体関係の企業で働いており、今は新大阪駅近くのマンションに住んでいる。次男は大阪の教育大学を卒業して、今は北九州市で小学校の先生をしている。不思議とうちの3兄弟はみんな関西での生活を経験している。長男は結婚しているが子どもはいない。次男は結婚し、既に一男一女を授かっている。
 久しぶりに甥と姪に会ったが、僕のことは覚えていてくれた。新年会の準備ができるまで、甥、姪と一緒に遊んで過ごす。17:30ごろ、新年会の準備は完了。隣に住んでいる祖父と祖母を呼んでくる。テーブルの上にはたくさん料理が並んでいる。これがもし居酒屋だったら、あまりたくさん食べれないだろうが、全て手料理ということもあり、かなり食が進んだ。
 家族が全員揃って食べる食事というのは、よく考えてみたらかなり久しぶりだった。去年帰省したときは、やはり長男のスケジュールが会わなくて、みんなで食事をとる機会がなかった。となると、僕が大学の卒業を間近に控えた1998年の1月が最後かもしれない。僕は家族と過ごす時間というのは何物にも代え難いものだと思う。両親にしろ兄にしろ、自分のことを無条件に受け入れてくれる存在が近くにいてくれると、普段決して途切れることのなかった緊張の糸が、みるみるうちにほぐれていくのがわかる。家族の存在とはありがたいものだ。
 19:30ごろ、祖父と祖母が隣の家に帰っていった。そして20:30ごろ、次男の家族が帰っていった。ちなみに次男の家族はうちの近くに住んでいる。僕の実家(当然兄の実家でもある)と嫁さん方の実家のちょうど真ん中あたりに住んでいる。もしもどちらかの親に何かがあったらすぐに駆けつけられるようにと、ちょうど中間地点に家を建てたとのことだった。ものすごい親孝行である。
 22:00ごろ、みんなでテレビを見ながら年越しそばを食べる。23:30ごろ、僕は歩いて近くのコンビニ(近くと言っても、歩いて10分はかかる)に買い物に行く。その道中、何人かに電話をかけ、ちょっと早い新年の挨拶をする。コンビニから帰る途中、ふと耳をすますと除夜の鐘の音が聞こえてきた。1999年ももうすぐ終わり。何かと大変な1年間だったが、何とか無事終えることができた。洞海湾の向かい側を見ると、スペースワールドからものすごい量のレーザーが飛び出している。カウントダウンを目前に控え、最も盛り上がっているころなのだろう。時々風に乗って、We are the Worldのメロディがスペースワールドから聞こえてくる。
 家に戻ると、1999年は残すところあと1分になっていた。父親と一緒に家の外に出て2000年の元旦を迎える。2000年になった瞬間には、どこからか船の汽笛が聞こえてきた。そして後を追うように、スペースワールドで一斉に打ち上げられた花火の音が聞こえてきた。僕らはそのまま祖父と祖母の家に行き、新年の挨拶をする。みんなでのんびり話をして、0:30ごろ、家に戻る。
 3:30ごろ、ベッドに入って眠りに就く。


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