そのとき僕は夢を見ていた。高校時代、運動会前に競技の練習をしている夢だった。ただ、不思議なことに登場人物は全員中学時代のメンバーだった。そして校舎は小学校の時代のものだった。さらに不思議なことに、夢の中の僕は運動会の練習をしながらも「明日のロケハンでは・・・」というようなことを考えていた。すごく不思議な内容だったが、夢の中なので別にいくら不思議なことが起こっても現実世界への影響はない。これを夢占いの人あたりに見てもらったらどういう診断結果が出るか非常に興味深い。不思議な夢を見ている最中、ふと目覚めた。すごく嫌な予感がする。パッとテレビの上の時計を見てみた。時刻は9:10を指していた。「ヤバい!寝過ごした!」とその瞬間、一気に布団から飛び出た。目覚まし時計は8:00にセットしていたのに全て消えていた。今日全てが終わって部屋に帰ってきたときに時計を確認すると、どれも目覚ましを止めるスイッチを押していなかったので、おそらく朝は目覚まし時計が鳴っているのに気づかなかったのだろう。それにしても目覚まし時計を4個もセットしてて、全てが同時に鳴っても気づかないなんてどういうことなんだろう?
今日は11:30に熊谷で待ち合わせ。それに間に合うには10:30上野発の高崎線に乗らなくてはならない。実際のところ、9:10に起きてもちゃんと間に合うのだが、そのときは何故か気が動転してて、絶対遅刻だと思っていた。ちなみに僕は遅刻がすごく嫌いである。仕事での遅刻はもちろん、友だちとの待ち合わせなどでも遅刻したことは一度もない(大学に入学してから)。これまでどんなに過酷なスケジュールでも遅刻をしたことはなかったのに、こんな普通の時に遅刻なんて絶対にできない。ベッドから飛び出ると、前日用意しておいた服に急いで着替え、髪の毛に「植物物語トリートメントウォーター」を吹きかけ、最低限の寝ぐせだけを直す(僕の寝ぐせはかなりすごい)。そして荷物を持ってすぐに部屋を飛び出す。走って新目白通りまで行き、タクシーをつかまえる。上野駅に着いたのは9:50ごろだった。全然余裕だった。髪の毛ボサボサ、歯も磨かず顔も洗わないボロボロの状態だったが、なんとか遅刻せずには済みそうだった。とりあえず自動販売機でよくわからないスポーツドリンクを買い、その場で一気のみする。そして10:00ちょいすぎ発の高崎線に乗り込む。乗車中に忘れ物がないか荷物をチェック。幸いにも忘れ物はなかった。僕はいつも寝る前に翌日の服と荷物を準備するようにしているので、いざということがあっても朝は素早く部屋を出ることができるようにしている。電車が駅を出たところで、メビウスを立ち上げて昨日の日記を書き始める。道中ひたすら日記をうち続ける。途中、電車が浦和から大宮に移動する途中、建設中の埼玉新都心のビルが見えた。そこにひときわ大きいスタジアムが見えた。建設中のそのスタジアムにかかっている横断幕を見ると「埼玉スーパーアリーナ」と書かれていた。ものすごくかっこ悪い。もうちょっと名前を考えた方がよかったんじゃないだろうか。なんてことを思いつつ、電車は11:00すぎに熊谷に到着。ここでいきなり猛烈な腹痛に見舞われ、駅ビルに入っているデパートにあるトイレに駆け込む。トイレから出ると、急いで待ち合わせ場所の熊谷駅前バス停に行く。するとディレクターの林さんとカメラマンの斎藤さんは2人とも既に来ていた。挨拶をして、まずは出発前に昼食をとることにする。駅近くの定食屋に入り、みんな一気に食べる。店を出ると斎藤さんが「味どうだった?」と聞いてきた。僕の食べた親子丼は普通だったので、「まあまあ普通でしたよ」と答えた。すると斎藤さんは「こんなまずいの食ったのは初めてだよ」と言った。斎藤さんはこのとき肉豆腐定食というのを食べていた。確かに見た目にもそんなにおいしそうには見えなかった。ちなみにディレクターの林さん、カメラマンの斎藤さん、この2人はものすごい美食家である。2人ともこれまで全国各地、世界各地にロケに行っているので、各地のうまいものをかなり食べてきている。こういう場合、僕がうかつな店に連れて行くことはできない。食事もかなり気を遣う部分なのである。食事が終わったのは11:50ごろ。今日ロケハンに行くのは三洋電機の東京製作所(東京という名前だが、所在地は群馬)。先方との待ち合わせは12:50、東京製作所の正門守衛室前。熊谷駅からタクシーで30分ぐらいかかる。すぐにタクシーに乗ると早く着きすぎてしまうため、時間をつぶすために駅前のロッテリアに入ってみんなでコーヒーを飲みながら雑談する。そして12:15ごろになったところでタクシーに乗る。
タクシーは12:45ごろ三洋電機東京製作所の正門前に着いた。しばらく待っていると12:55ごろに、おととい上野の三洋電機のビルで打ち合わせをした広報の担当の方が現れた。そのまま一緒に中に入っていく。工場内のとあるビルに入り、会議室のような部屋に通される。ちょっとすると現場の担当の方が2人現れる。まずは名刺交換。そしていよいよ本題に入る。先日の打ち合わせのときに見せてほしい内容をだいたい伝えておいたので、それに沿って話が進んでいく。20分ぐらい会議室で話をして、いよいよ工場内を見せてもらうことになった。
まずはコージェネレーションの施設。4機のガスタービンが並んでいる部屋に案内される。ここはかなり冷房が効いていた。それもそのはず。ガスタービンはかなりの高温になるため、そのままでは部屋がすごい高温になるはずである。室内はタービンのまわるものすごい音で、会話がしづらい状態だった。まずガスタービン本体を見せてもらう。それぞれのタービンは囲いがされており、いくつかの扉がつけられていた。その扉を開けて本体を見せてもらう。すると内部は案の定ものすごい高温になっていた。そのため気圧が激しく違うのか、ドアの開閉がすごく大変そうだった。去年の日機連では三菱重工業でかなり巨大なタービンを見せてもらっていたため、今回のタービンはかなり小型に見えたのだが、考えてみれば三菱重工業で見たものは発電所用の大型タービンだったので、あちらの方が巨大すぎたのである。タービンを見せてもらったあとは、廃熱を回収するダクトを見せてもらう。同じ室内の2階部分にあったのだが、こちらには冷気が届いていないらしく、ものすごく高温になっていた。コージェネレーションのシステムを一通り見せてもらうと、今度は建物を出て別の建物に移動する。その建物の屋上に行き、太陽電池パネルを見せてもらう。パネルは大型のものが4台設置されていた。これは場所を変え、いろんな角度から見せてもらう。だいたい見終わったところで、同じ建物内にある社員食堂を見せてもらう。なぜ社員食堂かというと、太陽電池やコージェネレーションによって発電された電気により、工場内の電力使用量の一部がまかなわれているというシーンを撮影する予定なのである。そのため、社員食堂の照明などがそれっぽくてよいのではないかという話になっていたのである。社員食堂は1階が社員専用、2階が社員、社外の人共用となっていた。両方見せてもらうと、今度はやはり同じ建物内にある熱交換機を見せてもらう。これを見終わったところで一旦最初の会議室に戻り休憩する。ここでちょっと雑談し、話が落ち着いたところで再びロケハンを再開。
今度は工場内の可燃廃棄物を処理する焼却炉を見せてもらった。まずは全体のシステムの概要を説明してもらい、その後施設をぐるっとまわる。そこから移動して今度は工場内に入る。エアコンを室外機を作るラインを見せてもらう。ここはタイミング悪く、年末のメンテナンス中で、ラインの半分以上がストップし、新しいラインの導入中だった。ここはサラッと見て次の建物に入る。ここでは吸収式冷凍機を製造していた。ここの雰囲気は僕の好きな工場の雰囲気だった。天井が高く広大な敷地で大型の機械を製造するこの雰囲気は、去年の日機連のロケを彷彿とされるものがあった。ここも軽く見せてもらい、最後にショールームを案内される。各製品について細かく説明を受ける。これで今日のロケハンは全て終了。会議室でちょこちょこっと話を聞き、16:00ごろ三洋電機を出る。
帰りは先日打ち合わせをした東京の広報の人と一緒にタクシーに乗る。タクシーが熊谷駅に到着し、キップを買おうと券売機に向かって歩いていると、東京の広報の方が「ちょっとかるーく・・・」と言ってきた。そのまま一緒に駅ビルの飲み屋に入っていった。こういう仕事柄、スポンサーや取材先との飲みというのは非常に重要である。こうした飲みの場で、お互いの本音がついつい出てしまうものなのである。とは言っても別に今回のビデオはお互いの本音なんてものが必要になってくるわけでもないので、のんびりとした飲みになった。日本の電気製品についての話がほとんどで、オーディオ機器はこのメーカーがよいとか、VHSとベータはどうとかというような話が中心だった。後半、東芝のサポートセンターの事件についての話になった。三洋の広報の人がどういう反応をするか非常に興味がった。僕の経験から言うと、サポートセンターというのは基本的にそっけない対応をするものである。僕はこれまでサポートセンターに電話する機会が多かったのだが、基本的に電話が繋がらないことが多かった。そりゃ確かにサポートセンターにはユーザーから多くの電話が届くから電話が繋がりにくいんだろうが、それならそれで電話を増やすなりオペレーターを増やすなりしてちゃんと対応してほしいと思う。大学時代、引っ越しをして住所が変わってしまったため、「クラリス」のサポートセンターに住所変更の電話をしようとしたことがあった。そのとき、朝から晩までひたすら電話をかけたのに1回もつながらないということがあった。パソコンのソフトはソフト本体よりもその後のサポートが命である。それなのに住所変更の連絡すらできないというのは非常に問題だと思った。結局僕もめんどくさくなって、クラリスには住所変更の連絡をしなくなってしまった。ところがつい先日、会社の会議室に置いてあるソニーのビデオデッキが故障した際、サポートセンターに連絡すると、ものすごく丁寧な応対をされた。そして製品の調子が悪くなったことに対してものすごく丁寧に何度も何度も謝られた。そもそも電話が一発で通じたこと自体が驚きだった僕には、これにはかなり驚かされた。おそらく東芝事件以降、各社ともかなりサポートセンターの応対には気を遣っているのだろう。そんななんだかんだの話を続け、17:30ごろ店を出る。三洋の担当者は新幹線で、僕らは在来線で東京に戻る。
会社に着いたのは19:30ごろだった。僕がフロアに入ると、僕とすれ違ったみんなから「お前、かなり酒臭いぞ」と言われた。それはそれとして、残った作業を一気に片づける。まずは今日撮影したデジカメの画像をパソコンに取り込み、資料を会社ごとに整理する。そして細々とした雑務を一気に片づけ、20:30ごろ会社を出る。
このところ、あまり酒を飲む機会がなかったので、部屋に帰ると一気に頭痛がし始めた。暖房をつけ、ベッドに潜り込んで、有線放送で「ヴェルファーレチャンネル」を聞いていると、知らない間に眠っていた。6:00ごろに一回目が覚めたので、暖房と有線放送を切って再びベッドに潜り込む。