明日は日経ビジネス創刊30周年特別記念セミナーの本番。これは東京の帝国ホテルをメイン会場に、京都と名古屋の会場に衛星生中継を行う。最初僕がこの仕事をやると聞かされたとき、帝国ホテルでの作業を手伝うということになっていた。しかし、知らない間に京都会場に行くことになっていた。
今日は8:00ごろ起きて、東京駅に直行。9:28の新幹線に乗る。新幹線の中で、たまっていたAD日記をまとめ書きする。11:00ごろ、Mebiusのバッテリーが切れてしまったので、パソコンをしまい、仕事を始める。今日の前日仕込みの内容と、明日の進行具合をじっくりと確認していく。ちょうど確認し終わったころに新幹線が京都に到着する。
京都に来るのは今年の3月、大学の卒業式のとき以来。僕は政策科学部の同窓会の役員なので、今年の卒業式のときに同時開催された同窓会総会に出席するために京都に行ったのである。京都に行くのはそれ以来だったので、今回は非常に楽しみにしていた。京都担当に任命してくれた内田さんにものすごく感謝していたりする。
新幹線が京都駅に近づいたところで、荷物を持って扉の前に行く。そしていよいよ新幹線がホームに入っていく。懐かしい京都駅の光景が窓の外いっぱいに広がってくる。扉が開いたとき、前にいた外国人のグループが荷物を出すのに時間がかかっており、なかなか出られなかった。そしてようやくホームに足を降ろしたとき、フワーっと懐かしい匂いがしてきた。初秋の京都にの匂いだった。ものすごく懐かしい気分に浸りながら、京都駅を新幹線ホームから嵯峨野線(山陰線)ホームに向かう。この嵯峨野線は大学1回生のころよく使っていた。1回生のとき、右京区の太秦乾町というところに住んでいたので、最寄り駅がJR太秦駅(京都駅から嵯峨野線で4駅)だったのである。今日はこの嵯峨野線に乗って1つめの駅、丹波口で降りる。そこから5分くらい歩いたところにある京都リサーチパークに行く。ここは京都のベンチャー育成を目的に作られたもので、企業のオフィスや研究施設を安い賃料で設置することができる。メールマガジンで有名な「まぐまぐ」もこの中に入っている。この西館にあるバズホールというところで、明日セミナーが行われる。13:00に待ち合わせだったのだが、着いたのは12:40ごろ。ちょっと早かったが、とりあえず会場の営業担当の方に電話を入れてみる。すると担当は来客中で電話に出られなかったようなので、とりあえず後でかけ直すことにする。続いてアンテナ設置業者のDXアンテナの担当者の携帯電話に連絡を入れてみる。するとアンテナの設置はほぼ終わっている状態で、あとはケーブルを屋上から1階にある調整室まで持ってくるだけということだった。そのため、終わるまでのんびりしていてくださいと言われる。お言葉に甘えて、リサーチパーク内にあるレストランで昼食をとる。昼食後しばらくしてからDXアンテナの担当者から電話がかかってきた。設置は終了したということだった。とりあえず屋上に行ってアンテナを見てみる。見たところで僕がわかるわけではないのだが、とりあえず見ないわけには行かなかったので、とりあえず様子を確認する。その後、調整室に移動して段取りについて打ち合わせする。14:00ごろ、調整室のモニタで衛星からの映像を確認する。しかし回線チェックは15:00からなので、まだ何も映ってはいなかった。しばらくやることがなかったので、調整室のオペレーターさんと世間話をして時間をつぶす。その後、DXアンテナの担当者と話をしていると、なんとこの人が僕と同じ八幡高校出身ということがわかり、話が異様に盛り上がる。このまま回線チェック終了の15:30ごろまでひたすら話続ける。ちなみに回線は15:00ちょっとすぎにつながり、東京から送られてきた映像を確認する。15:30になると映像は途切れる。全て予定通り。帝国ホテルにいる内田さんに携帯で連絡を入れ、異常なくテストが終了したことを報告する。これで今日の仕事は終了。あとの時間は全てフリー。
まず、京都リサーチパークから歩いて西大路通りまで出て、市バス205系統に乗って衣笠校前で降り、久しぶりに立命館大学に向かう。東門から入るとすぐ左手に見える以学館が壁で覆われ、工事に入っていた。この建物の地下には僕が大学時代のほとんどを過ごした立命館大学放送局のBOXがあったのだが、今回の工事のため移転してしまった。かなり寂しい気分だったが、これも時代の流れ。仕方がない。とりあえず学生センターに行って、先輩の久山さん(卒業後、大学の職員として働いている)に挨拶でもしようと思い、第一体育館に向かったのだが、いつのまにやら、かつて学生センターのあった場所に他の部署が入っていた。どこに学生センターがあるのかわからなかったので、仕方がないので挨拶はあきらめる。その後、学生会館に新しく移転したばかりの立命館大学放送局のBOXに行ってみる。すると今日は立同戦ということもあり、ほとんどの人が出払っていた。しかし待ち合わせのために集まった数人がいた。ただ、僕の知っている人は全然いなかったので、挨拶だけですぐ帰ろうかと思っていたが、幸いにも僕はあまり覚えていなかったのだが、僕のことを覚えてくれてる人が1人いたので、その人と話しながらBOXの中を見せてもらう。15分くらいいろんなものを見てまわったところでBOXを後にする。続いて政策科学部の基本棟である洋洋館に行ってみる。2階から入って行り、アカデミックラウンジとコミュニティラウンジの横を通って1階に行く。ラウンジは当然のことなのだが、現役の学生であふれており、もう僕がいたのは昔のことなんだと思い、ちょっと寂しい気分になる。1階の事務室に行くと、顔見知りの事務員が数人いたので、ちょっと話をする。洋洋館を後にして今度は生協の購買部に行く。中のレイアウトは全く変わっていなかった。商品をいろいろ見てまわり、記念に大学時代よく食べていたココナッツサブレと立命館大学のロゴ入りライターを買う。購買の扉から出た瞬間、生協職員で顔見知りだった人と出会う。これまた非常に懐かしい人で、昔話に花が咲く。この後、とりあえず大学を後にする。そのまま市バス205系統に乗って京都駅に行く。そこから歩いてちょっとのところにあるホテルにチェックインする。
ホテルの部屋に入ってふとテレビをつけると、KBS京都で立同戦(立命館大学と同志社大学の野球の試合。関東で言えば早慶戦にあたる)の中継がやっていたので、しばらく見る。見ているとだんだん球場に行きたくなってきたのだが、行っても知ってる人が誰もいなかったら寂しいなあと思ったが、こんな機会はめったにあることではないので球場に行くことにする。テレビでは既に5回裏だったので、タクシーで球場に向かう。
西京極球場の外を歩いていると、懐かしい応援歌のメロディーが聞こえてきた。わくわくしながら球場に入る。観客は立命館サイドはたくさんいたが、向かいの同志社サイドは非常に少なかった。周りを見回してみると、ふと懐かしいスピーカーが目に入ってきた。BOSEの802とRAMSAのA200だった。この組み合わせは明らかに立命館大学放送局所有のだった。すぐにミキ卓が見つかった。そこに行ってみると、僕が4回生のころ、1回生だった人たちがミキシングしているのが見えた。話しかけるとむちゃくちゃびっくりされた。まさか僕がこんなところにいるとは思わなかったのだろう。試合の最中だったが、ちょっと話をする。その後誰かいないか客席を探してみたが、見つからなかったので後ろの方に立って試合を見ていた。すると試合は圧倒的に立命館ペースで、どんどん点を入れていっていた。僕が球場に着いたときは、7回裏6-0で立命館がリードしていた。そしていよいよ9回表を守りきり、立命館が勝利を収める。よくよく聞いてみると、今回の立同戦は立命館の関西学生野球リーグ優勝がかかっていたらしく、結果としてリーグでの優勝も果たしたことになる。たまたま京都に訪れたときに、こんな感動的な瞬間に出会うことができて非常に嬉しい。久しぶりに校歌を一緒に歌い、エール交換をする。ここで突然電話がかかってきた。電話の相手は2つ後輩の七滝登だった。僕が球場に来ていることをRBCの現役局員から聞いたらしく、電話をかけてきてくれた。僕の方から七滝を探し、落ち合う。すると1つ後輩の松本理もいた。1人で寂しく観戦と思っていたので、懐かしい知り合いと会えてとても嬉しかった。みんなで肩を組んで応援歌のグレーター立命を歌う。
球場の外に出ても3人で立ち話をする。しばらくすると、応援団員がまわりの人を巻き込み、みんな肩を組んでグレーター立命を歌い始めた。当然僕らも輪の中に入って大声で応援歌を歌う。不思議なことに校歌と応援歌というのは忘れないもので、今でも無意識のうちに口をついて歌詞が出てくる。歌い終わったところで松本理と一緒に阪急西京極駅に向かう。彼は西院で降りる。そのまま僕一人で電車に乗っていると、2つ下の代の応援団の団長と会い、ちょこっと話をする。彼はスーツを着ていたので、おそらく仕事の帰りなのだろう。僕は四条で降り、彼に別れを告げる。そのまま地下鉄に乗り換え、京都駅で降りる。ホテルに帰る道中、これまた久しぶりに天下一品に寄り、夕食を食べる。
ホテルに戻ったのは21:30ごろ。のんびりテレビを見て過ごす。