石川島播磨重工業・荏原製作所事前取材

 7:30ごろ起床。9:00ごろ会社に到着。今日は日機連99の取材予定企業のところへ行き、担当の方にどういう技術が注目を集めているのかということを質問する。9:20ごろプロデューサーの阿部さんが、9:30ごろディレクターの林さんが会社に来る。3人でちょこちょこっと打ち合わせをして、9:40ごろ林さんと僕の2人で会社を出る。地下鉄東西線に乗って大手町で降り、新大手町ビルの中8階の石川島播磨重工業(IHI)を訪れる。まず受付で担当者の名前を告げる。すると広報の場所を教えてくれたのでその場所に行く。広報の部屋に入って、そのへんにいる人に自分の会社名と名前を告げ、担当者を呼んでもらうようお願いする。すると担当者は打ち合わせ中ということで、部屋に案内されそこで待ってるように言われる。10:00に訪問する約束だったのだが、担当者が来たのは10:10ごろだった。まずは今回のビデオの企画書を渡し、僕の方から概略を説明。続いて林さんから質問が始まる。まずはガス化溶融炉についての話。現状ではどのくらいの実績があるのか、どこにあるのかなどの話を聞く。続いて風力発電施設。内田さんの話では、IHIは風力発電プラントの納入実績が日本一とのことだったが、よくよく聞いてみると自分のところでは作っていないということだった。昔は自社開発していたらしいのだが、途中で開発をやめてドイツのメーカーから買ってきたものを設置しているということだった。10:50ごろ話は終わり、新大手町ビルを出る。とりあえず一度会社に戻る。
 会社に戻って来てから、林さんは午後に訪問する荏原製作所について下調べを始めた。僕もそうしようかと思っていたのだが、幾つか雑務がふりかかってきて、それをこなしている間の時間が過ぎていった。11:50ごろ、再び出発。まず、林さんから日本橋にある「たいめいけん」という洋食屋に連れて行ってもらう。ここはかなり歴史のある洋食屋らしく、オムライスが有名ということだった。当然僕はオムライスを注文する。店はものすごく混んでいて、外に行列ができていた。オムライスは確かにおいしかった。また来ようと思わせてくれる味だった。食後、日本橋をちょっとウロウロした後、地下鉄に乗る。都営浅草線に乗って、穴守稲荷で降りる。約束の時間は14:00。しかし駅に着いたのは13:00ごろ。まだ時間がかなりあまっていたので、2人で穴守稲荷に行ってみる。それでもまだ時間があまっていたので今度は喫茶店に入って時間をつぶす。13:50ごろ店を出て荏原製作所に行く。まず受付で会社名と名前を告げる。すると受付の女性が面会室の場所を教えてくれたのでそこに行く。しばらくすると担当の方が現れた。今回も僕の方から企画書を渡し、概略を説明する。続いて林さんから質問。まずはガス化溶融炉についての話を聞く。担当者は自社の溶融炉にものすごく自信を持っているらしく、他社には負けないといったような口振りだった。続いてゼロエミッション、ISO14001の話に移る。パンフレットをもらい、それを見ながら説明を受ける。15:00ごろ話は終わり、荏原製作所を出る。帰りは天空橋駅に行き、僕は京急で、林さんはモノレールで帰った。
 会社に帰って阿部さんに打ち合わせの内容を伝える。その後はまだ打ち合わせが決まっていない取材予定企業にひたすら電話しまくる。相変わらず担当者不在のため話ができなかった。とりえずしつこく電話をかけまくって、4社分の打ち合わせ日時を決める。ただ、1箇所だけ、取材すら受け付けてもらえないかもしれないところがあった。それはトヨタ自動車だった。今回は環境がテーマなので、次世代燃料の燃料電池を搭載した燃料電池自動車について話を聞かせてもらいたかったのだが、今は東京モーターショーの準備がものすごく大変とのことで、話をする時間がなかなかとれないということだった。どうしてもということだったらプレスとして東京モーターショーに入り、その場で話を聞いてもらうのが一番手っ取り早いということだった。ただ、今回問題はそんなことではなく、そもそも燃料電池自動車自体を撮影することが不可能ということだった。燃料電池自動車は世界中の自動車メーカーが研究開発を進めているものであり、この技術はかなり高いレベルの機密事項になっているらしく、車が走っている映像を撮影させてもらうのはほぼ不可能ということだった。プレス用に作った走行映像などがないか聞いてみたが、そもそもそういうものは作っていないらしかった。どうしても映像に納めたいのならば、東京モーターショーに出品しているものを撮影するしか手はないとのことだった。電話が終わったところで阿部さんに一部始終を報告し、どうするか相談してみる。とりあえず日本機械工業連合会の担当の方に報告して、判断を仰いだ方がよいということになった。
 日機連99の取材予定企業への電話が一通り終わると、日向さんから雑務を頼まれた。それを素早く終わらせ、日機連99で使ったお金の精算に取りかかる。
 22:00ごろ、荷物をまとめて帰る。


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