再び取材交渉

 今朝はどうしても起きられなかった。ものすごく眠くて、目覚ましが鳴っているのには気づいたのだが、すぐに消して再びベッドに潜り込んでしまった。とりあえずテレビをつけてみると、はなまるマーケットをやっていたので、横目にそれを見ながらダラダラする。今日は五十肩についての話をしていたのだが、眠りながらでもなんとなく内容を覚えているところがすごい。10:20ごろにベッドから出て、すぐにシャワーを浴び、身支度をして部屋を出る。会社に着いたのは11:15ごろ。
 会社に着くと、まず日機連99のディレクター、林さんに電話をかける。明日台本の打ち合わせをしたいのだが、何時ごろ都合がよいか聞く。すると明日はどうも別の仕事が入っているようで、いまいち都合がよくないような雰囲気だった。そこで今日の夕方はどうかと言われ、プロデューサーの阿部さんに確認をとった上で今日の18:00に来てもらうように伝える。
 昼食を終え、午後一番で日本機械工業連合会の担当の方に電話を入れる。昨日、日本自動車工業会に電話を入れてもらうようお願いしていたので、その結果を聞いてみる。するととりあえず現段階では話をして、自動車工業会からの返事待ちということだった。返事が来しだい連絡をくれるということだったので、のんびり待つことにする。そして14:30ごろ電話が来た。日本自動車工業会から本田技研工業に話を通しておいてくれたらしく、直接ホンダの方に電話を入れてみてくれということだった。気合いを入れて電話をするために、机の上の準備を整える。ノートを広げ資料をすぐ手の届くところに置き、トイレに行って机に戻る。それからおもむろに電話をかける。
 コールした瞬間に電話がつながった。自分の名前と会社名を告げ、担当の方を呼んでもらう。電話が担当者に代わり、とりあえず自己紹介から始める。続いてビデオの内容を伝え、いよいよここから本番。ハイブリッド自動車と燃料電池自動車を撮影させてほしい旨を伝える。すると予想に反して反応がよかった。ただ、現在その車は東京モーターショーで展示されており、その後は海外に行ってしまうということだった。要するに撮影はほぼ不可能ということらしい。それならばと思い、プレスリリースのときなどに撮影した映像はないか聞いたところ、それはあるとのことだった。しかもそれを借りてビデオで使ってもよいということだった。ただ、プレスリリースのときの映像は今手元にないとのことだったので、とりあえず取り寄せてもらえるようお願いする。そして後日見せてもらい、それを元に判断させてもらうということになった。この間電話かけたときとは全く応対が違った。おそらく日本自動車工業会からの話がかなり効いたのだろう。嬉しい反面、なんとなく悲しい気持ちになった。やはりあのときは僕の説得があまかったのだろう。
 電話を終え、いきさつをプロデューサーの阿部さんに報告する。その後しばらく日機連99の台本を読む。言葉の言い回しだけでなく、内容についても深く見ていき、僕が構成を組み立てるとしたらどういうふうにやるかというところまで考えながら読む。
 18:00ちょうどにディレクターの林さんが現れた。会議室に移動して台本の打ち合わせを始める。とりあえず今日のホンダの話を最初にする。続いて台本の内容を見ていく。今日はプロデューサーの阿部さん、ディレクターの林さんの他に、去年までこのビデオのプロデューサーをしていた内田さんも加わり、内容を検討していく。今回は、この打ち合わせを経て出てきたものをスポンサーに送ることにしているので、今日の打ち合わせは文章の表現などについても綿密に話していく。19:00ごろ打ち合わせが終わる。明日の昼すぎごろに修正した台本をFAXで送ってもらうことになった。
 打ち合わせが終わってから、しばらく雑務をこなしていく。そして19:45ごろ、荷物をまとめて帰る。


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