今朝目が覚めると、時計の針が10:30を指していた。目覚まし時計は8:00にセットしていたのに、全く気づかなかった。仕方がないので、とりあえず急ぎめに準備を整え、すぐに部屋を出る。会社に着いたのは11:15ごろだった。
自分の机の上を見ると、既に4枚ものメモがあった。全てどこどこから電話がありましたといった内容だった。荷物を置き、鞄からノートパソコンを取り出し、机の上にセットする。そして番組用のノートと各種資料を全て机の上に広げ、準備万端な状態になったところで早速電話をかけていく。いずれも日光特番、栃木CMに関連した電話だった。ついこの間、特番は台本を、CMは企画案をそれぞれクライアントに提出した。電話は全てそれらに対する反応だった。台本のこの部分を修正してほしい、ここはやめた方がいいんじゃないか、そういう話を入念にうち合わせしていく。CMに関してクライアントと電話をしているとき、「今日は午後からうちに来れますか?」と言われた。今日は1日中ロケハンの調整でいろんなところに電話をかけなければならないため、行くことはできない。さらに都内だったらまだしも、行き先は宇都宮である。新幹線で往復しても、3時間は消えてしまう。できればそれは避けたかったので、ちょっと無理そうだという旨を伝える。すると、クライアントが明日うちの会社に来ると言ってきた。なんという身軽なフットワーク!あたかも「それじゃ近くのコンビニに寄って・・・」というような感覚で、「それじゃ明日そちらで打ち合わせをしたいのですが・・・」と言ってきた。ちょっと申し訳ない気がしたが、それしか手はないのでそれでお願いする。
午後からはひたすら電話をかけまくる。これまで電話取材してきたところに加え、台本に新たに加えられた取材箇所を全て洗い出し、電話で取材交渉を進めていく。今回の番組で取材交渉をしていて思うことは、取材交渉があまりにも楽だということである。というのも、これまでVPを中心にやってきた僕にとっては、取材交渉というのはこちらが営利目的、もしくは特定企業の営利というものがどこかに存在していた。しかし今回はテレビ番組ということもあり、どこも自分のところの宣伝になるという考え方が強いのか容易に取材依頼を受け入れてくれる。このあたりがVPとテレビ番組との大きな違いだと感じた。
取材交渉と平行して、「未来につなぐ名工の技」の国際産業映画祭への出品の準備も進める。エントリーフォームを記入して、映像文化製作者連盟に送付し、オランダの映像祭事務局に送るテープを作成する。そしてテープと英語の手紙をひとまとめに梱包して、発送の準備をする。本当はその後僕がFedExに持っていって直接発送したかったのだが、今日は取材交渉に専念しなければならないため、斉藤さんにお願いして出してきてもらう。
17:00ごろまでに「会社組織」への取材交渉を済ませる。その後は個人への電話に取りかかる。個人宅に電話するというのは意外と緊張する。というのも、いきなり「テレビに出演してほしい」なんて電話がかかってきたら、誰だって驚くに決まっている。しかし、そこは軽妙なトークで相手の心をやわらげ、うまい具合に出演してもらうようにし向けないといけないのである。20:00ごろ、ようやく今日連絡できるところ全てに電話をし終わる。全員のスケジュールを合わせてみた結果、ロケハンは5月1日〜3日というのが具合がいいことがわかった。おそらくこの日程でロケハンをやることになるだろう。
20:30ごろ、ディレクターの飯島さんに電話をかけてみる。するとちょうど会社に戻ってきているとのことだったので(今日は別の番組でロケに出ていた)、会って話をすることにした。午前中連絡のあった台、本とCMのバックを飯島さんに伝える。すると飯島さんはものすごく急いでいるらしく、台本のデータの中に、修正部分にアンダーライン、加筆部分を赤字で打ち込んで、できたものをメールで送ってくれということになった。そう言うと飯島さんは慌ただしく去っていった。僕もすぐにその作業に取りかかる。クライアントから来た修正は意外と多く、作業にはかなり時間がかかった。途中一度夕食のため外出したのを除くと、あとはパソコンの前に座り、ひたすら文字を打ち込み続けた。
23:30ごろ、修正したファイルをメールで飯島さん宛に送る。その後素早く荷物を片づけ、23:35ごろ会社を出る。