身だしなみ教育用ビデオの編集1

 8:30ごろ目が覚める。すぐに寝袋を片づけ、今日の編集の準備を始める。今日はいよいよ身だしなみ教育用ビデオの本編集。素材テープの準備は昨日のうちに済ませておいたので、そんなに準備するもとはない。とりあえずコーヒーを大量に沸かし、それをポットに入れていく。編集作業のときコーヒーは欠かせない。いつもなら編集室からコーヒーを宅配業者に注文して持ってきてもらうのだが、今日編集を行う編集室に宅配してくれる業者はないので、仕方なく自分で作っていく。
 9:40ごろ、素材のテープとコーヒーを編集室に持って行く。本来ならば10:00開始予定だったのだが、ディレクターの野々上さんが、中央線の人身事故のため遅れて来るということになったので、とりあえずオープニング部分からゆっくりつなぎはじめていく。すると10:20ごろに野々上さんが現れる。ここで野々上さんにお願いして、午前中は編集から抜けさせてもらう。というのも、今日は別の作品で資料映像を集める作業を大量にこなさなければならないため、編集室にずっとこもっていたら作業が滞り、試写までに素材の到着が間に合わないのである。野々上さんは快く了承してくれたので、すぐに会社に戻り作業を始める。
 会社に戻ると、先日作った「うちの会社にはないが、ビデオの中に必ず入れなければならない映像」のリストを出し、まずはテレビ東京に映像の有無を確認する電話を入れる。するとこちらが希望する映像は全て手に入らないということだった。今探している映像は気候変動枠組条約第3回締約国会議の様子、異常気象の様子(数種類)などであるため、いずれも報道素材しかないということだった。テレビ東京では報道素材を外部に貸し出さない方針らしいので、借りることはできなかった。また、あったとしてもそれはロイターやAPから配信されたものなので、使うとしたらそれら通信社と直接交渉しなければならないということだった。仕方がないので、COP3の映像の有無はテレビ大阪に訪ねてみる。するとテレビ大阪には映像があるということだった。そこで、とりあえず映像の有無を確認してもらうことにした。続いて福井放送に電話し、ナホトカ号重油流出事故の映像があるか聞いてみる。すると映像はあるということだったが、値段は高いということだった。とりあえず今作っているビデオの企画書と、どういう意図で使うかという趣意書をFAXで送り、回答を待つことにする。続いて、うちの会社のテレビ本部のプロデューサー、栗本さんに、探している映像のリストを見せ、社内にありそうな映像を教えてもらう。しかしほとんどのものがないということだった。幾つか可能性がありそうなものに関しては、過去のVHSを借りて確認してみることにする。
 資料映像探しの作業が一段落したところで、今編集中のビデオのシリーズの第2巻(編集中のものは1巻)の仮編集済みテープを、大手町にあるスポンサーのオフィスに届けに行く。このとき時刻は既に12:30ごろだった。早く編集室に戻らないとまずいので、タクシーで往復する。
 12:45ごろ編集室に戻る。するとみんな昼食に出てしまって、誰もいない状態だった。仕方がないので、僕も急いで近くのなか卯に行き、牛丼をすごい勢いで食べる。そして走って編集室に戻る。編集室に戻ってもまだ誰もいない状態だったので、とりあえず編集がどこまで進んだか、ディレクターの野々上さんのエディットシートを見てみる。するとまだ69カット目(ちなみに1巻目は全部で約260カットある)までしか進んでいないことがわかった。まあ、DVEを作りこんでいてかなり時間がかかったのだろう。13:15ごろ、ディレクターの野々上さんが戻ってきたので、編集を再開する。しばらくするとスポンサーとプロデューサーの橋本さんも戻ってくる。
 午後はひたすら編集室にこもり、編集に立ち会う。16:50ごろの10分間休憩をとる。そして20:00ごろ夕食をとる。その他の時間はひたすら編集。21:00ごろようやく白マザーが完成。それからテロップ入れを始める。23:45ごろまでひたすら編集を続ける。ここからはテロップに間違いがないか、1カット1カット丁寧に確認していく。そして23:45ごろ、1巻目の編集はまだ終わっていなかったが、とりあえず今日のところは終了にする。続きはあさって2巻目の編集を始める前にやることになった。
 0:00ごろ会社に戻り、2巻目のエディットシートを書き始める。5階のオフライン編集機は先輩の大津さんが使っていたので、僕は6階のオフライン編集機で作業を行う。途中であまりにも眠くなり、ときどきうとうとしてしまったが、なんとか作業を続ける。


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