親友と再会

 9:00ちょっと過ぎに起床。今日は次男の家族と一緒に、甥の机を買いに行く。甥は今度の4月から小学校に入学する。そのため、今日、机を選びに行くことになっていたようだった。それに僕もついていくことにしたのである。
 まずは朝食を済ませ、身支度を整える。10:00ごろ兄が家にやってきて、僕と母が兄の車に乗り出発した。行き先は太陽家具という家具屋さん。到着したのは10:20ごろだった。しかし開店は10:30だったので、それまで外で待つ。10:30ちょうどに店のシャッターが開くと同時に、みんなで店に入っていく。子供用机のコーナーは意外と広く、種類もかなりあった。兄たちは店員と相談しながらじっくりと机を選んでいた。その間、僕は店内を走り回る甥と姪の相手をしていた。11:30ごろ、ようやく机が決まる。
 太陽家具を出ると、そのまま日明神社というところに行く。ここで僕は厄払いをしてもらう。実を言うと、僕は今年がちょうど厄年にあたる。去年厄年を迎えた人に話を聞くと、みんなさんざんな目に遭っているようだったので、とりあえず僕は年始に厄払いをやってもらうことにした。
 家に帰る途中、用勺のジョイフルというファミリーレストランで食事を済ます。家に帰ると、しばらく甥、姪の遊び相手になる。兄の家族が家に帰っていくと、すぐに東京に送る荷物を梱包し始める。東京に送る荷物は意外と多い。何より大きいのはレコードプレーヤー。昔うちで使っていたものなのだが、最近は使われなくなって押入にしまわれていたので、父親に言ってもらうことにしたのである。その他もろもろの荷物の準備を整え、段ボールに封をする。結局段ボール2箱になってしまった。
 実は今日、大学時代の友だちである山崎雄樹と博多で会うことになっている。彼は今、熊本放送でアナウンサーをしており、熊本と北九州のちょうど中間にあたる博多で会おうということになっていたのである。16:00ごろ、山崎雄樹に電話して待ち合わせ時間を決める。19:30に博多駅で待ち合わせということになった。すぐに身支度を整え、家を出る。まずはバスで戸畑駅まで行く。ここで明日東京に戻るときの新幹線のキップを変更してもらう。というのも、年末僕が予約したキップは小倉から新大阪までが「こだま」で、新大阪から東京までが「のぞみ」というように、途中で乗り換えをしなければならなかったのである。本当は1本にまとめておきたかったのだが、既に予約が一杯だったのでキップがとれなかったのである。しかしそれだと新大阪で1時間ぐらい待ち時間ができ、さらに全行程が7時間半ぐらいかかる。さすがにそれはしんどいので、思い切ってグリーン車にすることにした。グリーンだと、幸いにもまだ席が空いていたので、すぐにその便に変更してもらう。
 キップの変更が終わったところで、博多までのキップを買い、ホームに行く。電車に乗り席に座ると、すぐに書きかけの企画書を取り出し、続きを書き始める。これは年末からやり始めた仕事で、締め切りがかなり迫っているのである。戸畑から博多まで快速でだいたい1時間。この時間を無駄にするのはもったいないので、道中ひたすら文章を書き続ける。博多駅に着いたのは19:00ちょうどだった。
 しばらく博多駅の中をうろうろしていると、山崎雄樹から電話がかかってきた。なんでも道路が渋滞しているため、少し遅れるということだった。彼は熊本から車で博多に来て、帰りは僕を北九州まで送ってくれるということだった。非常にありがたい。友だちが来るまでひたすら博多駅内をうろうろして過ごす。途中、見るものがなくなったので、駅の外にいる「ながし」のギターの演奏を聴いて時間をつぶす。友だちが博多駅に着いたのは20:10ごろだった。
 とりあえず車に乗って中洲あたりに移動する。車を有料駐車場に停め、歩いて店を探す。本当はもつ鍋がよかったのだが、正月2日から開いている店は少なく、さらに時間も既に遅かったため、もつ鍋はあきらめ、川沿いの屋台に入ることにする。山崎雄樹と会うのは10カ月ぶりだった。前に会ったのは去年の3月、彼が東京にTBSに研修で来ていたときだった。そのときは2人で歌舞伎町をうろうろして、恵比寿ガーデンプレイスでビールを飲み、六本木で食事をとり、最後にヴェルファーレに行った。次の日、彼は研修、僕は編集というスケジュールだったような気がする。ちなみに彼は熊本でテレビのニュースキャスター、ラジオのパーソナリティと、かなり活躍している。しかしこうして2人で会っているときは、彼は昔のままだった。屋台でひたすらお互いの仕事の話をした。
 10:30ごろ、屋台を出て、山崎雄樹おすすめのラーメン屋に移動した。ここはかなり変わった作りで、客席が全て壁で区切られており、厨房と客席の間はカーテンで区切られている。不思議な店だったが、味は確かによかった。ラーメンを食べ終わると、再び中洲に戻り、今度は飲み屋に入る。店を出たのは2:00ごろだった。それから車に戻り、北九州に向けて出発する。ちなみに彼は年末の多忙な時期に胃をおかしくしていたので、酒を全く飲まなかった。
 実を言うと、僕も彼も博多の道は詳しくないので、とりあえず車で博多から出るのにかなり苦労した。さらに九州自動車道に乗ってからも、分岐点を間違えて、途中で高速を降り、再び乗ってというようなことを繰り返していたので、北九州に着くまでかなり時間がかかった。それでも道中、話は尽きなかった。大学時代は同じクラブで、よく一緒に番組を作ってきた。就職活動は僕も彼もかなり難航していたのだが、なんとか2人とも希望する職種に就くことができた。そんなこんなで、僕と彼とはとても仲がよい。彼と話してると、「俺もがんばらなあかんな」という気分になってくる。
 結局車が僕のうちの近くに着いたのは4:50ごろだった。車を降りるとき握手をして別れ、僕はそのまま家に戻る。素早く着替え、速攻でベッドに潜り込む。


2000年1月のトップページ
AD日記のトップページ

トップページ