いよいよ東京に戻る日

 今日でいよいよ帰省も終わり。11:00ごろに起き、朝食を食べる。食後、シャワーを浴び、荷物の整理を始める。そして13:15ごろ家を出る。父と母がバス停まで見送りに来てくれた。バスが来ると、両親に別れを言ってバスに乗り込む。そのまま戸畑駅まで行く。戸畑からJRで小倉に行き、荷物をコインロッカーに詰め込む。新幹線の出発時間は17:51なので、それまでのんびり小倉をうろうろする。
 まずはラフォーレ原宿・小倉に行く。不思議な名前だが、本当にこの名前なのである。今日はかなり人が多く、館内は女の子でごったがえしていた。続いて魚町銀天街に行き、店をぐるぐるまわってみる。とりあえず今はいている靴がボロボロになっていたので、靴を2足、ついでにコートを1着購入する。ただでさえ荷物が多いのに、これでまた一層荷物が多くなってしまった。その後、荷物を持ったまま小林文具店に行く。ここは高校時代、非常によく利用していた文具屋で、品揃えが非常に多い。基本的に僕は文房具屋とおしゃれな雑貨屋が好きなので、京都であろうと東京であろうと、ヒマさえあれば文房具屋か雑貨屋を見てまわっている。店をのんびり見て回り、そのまま歩いて西小倉駅まで行く。この途中に、僕が高校時代、ほぼ毎日行っていた錦龍というラーメン屋の前を通る。この店のラーメンはものすごくおいしい。しかも値段はラーメン1杯300円である。本当は今日、このラーメンを食べたかったのだが、今日まで正月休みらしく、店にはシャッターが下ろされていた。仕方なく、西小倉駅前にある新しいラーメン屋に入ってみる。味はそれほど悪くはなかったが、とてもおいしいというものではなかった。
 西小倉駅から歩いて小倉駅に戻る。途中、新幹線の車内で食べるためのパンを買い込む。小倉駅に着くとロッカーから荷物を出し、改札の中に入る。そして構内にあるみやげもの屋で「ひよこ」と「辛子明太子プリッツ」を購入する。続いて本屋に行き、雑誌とノートを買う。ノートは、新幹線の中で企画書を書くときのメモ用である。
 新幹線ホームに上がってみると、ものすごい人でごったがえしていた。特に遠くに見える自由席の乗車位置は、人があふれかえっていた。しばらくすると新幹線がホームに入ってきたので、重い荷物を持って乗り込む。今回僕は初めてグリーン車に乗る。グリーン車は座席が広く、しかもシートがやわらかく、とても快適だった。新幹線が発車して、関門トンネルに入るまでのわずかな間、僕はずっと窓の外を見ていた。北九州の姿もしばらく見納め。外は既に暗くなっていたが、トンネルに入るまで、窓の外の北九州のネオンを見続けていた。
 新幹線が関門トンネルに入ったところで、僕はおもむろに企画書の資料を荷物の中から取り出す。早速資料を読みふけり、要点をさっき買ったばかりのノートに書き込んでいく。しかし小郡を過ぎたあたりから急激に眠くなってきたため、とりあえず仮眠をとることにする。目が覚めたら新幹線は岡山に着いていた。1時間半ぐらい眠っていたらしい。洗面台に行って顔を洗い、気合いを入れて企画書作成に取りかかる。
 道中ひたすら文章を書き続け、名古屋をすぎたあたりからノートパソコンの電源を入れる。ノートパソコンはバッテリーが2時間ぐらいしかもたないので、パソコンに入力するのは最後の最後までとっておいたのである。手書きでまとめた内容をガシガシ打ち込んでいく。気がついたら新幹線は新横浜に着いていた。とりあえずパソコンを片づけ、資料を鞄の中に詰め込む。23:45、東京駅にようやく到着。そのまま営団地下鉄東西線の大手町駅に行き、地下鉄を待つ。なんだかんだで部屋に帰り着いたのは0:15ごろだった。
 部屋に荷物を置くと、すぐにコンビニに行き夕食を買う。今日はまだ3日なので、いつもいく弁当屋が開いていなかった。仕方がないのでコンビニ弁当で済まそうと思い、近くのローソンに行ってみたら、弁当はほとんど置いていなかった。どうしようもないので、おにぎり2個とサラダを買う。部屋に戻って、まずはたまった洗濯物を洗濯機に投げ込み、洗濯を始める。それから、メールを読みながら買ってきたおにぎりを食べる。その後も洗濯物を干したり、荷物を片づけたりといった細々とした作業が続き、結局ベッドに入ったのは4:00ごろになってしまった。


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