ついにやってきた本編集
 今日は僕の初演出作品の本編集の日。かなり気合いが入る。8:50ごろ、目覚まし時計の音で目が覚める。すぐに体を起こし、毛布を片づける。ロッカーの中から洗顔フォームと歯ブラシをとりだし、トイレで身支度を整える。準備ができたところで、荷物を持って会社を出る。タクシーに乗り、越中島のクロースタジオに向かう。
 今まで塩浜のクロースタジオで編集したことはあるが、越中島は今日が初めてである。この作品が始まる前、プロデューサーの橋本さんから「編集スタジオは好きなところを使っていいよ」と言われたので、どこにしようかかなり考えた。最初に思い立ったのはテレテックメディアパークだった。ここには、僕が最も信頼しているオペレーターがいる。といっても、僕はテレテックメディアパークで編集をしたことがない。僕が入社当時、西新宿にヤムコという編集スタジオがあった。そこで編集オペレーターをしていたのが、今、テレテックメディアパークにいる吉原さんという方である。そのヤムコが、去年浜松町に移転したのだが、それからほどなくして会社自体がつぶれてしまった。そこで、吉原さんが移って行った会社がテレテックメディアパークである。
 うちの部でテレテックメディアパークを使って編集した人は1人もいない。「デビュー作なんだから行き慣れた編集スタジオにした方がいいよ」と多くの人から言われたが、僕は前から「デビュー作は吉原さんでやる」と心に決めていたので、いくらテレテックメディアパークが初めてであったとしても、吉原さんに編集をお願いするつもりだった。ところが、うちの本部の副本部長、内田さんに相談したところ「吉原はまだ新しいスタジオに行ったばっかりで、テレテックメディアパークの機器の使い方をまだ完全にマスターできてないらしいから、前の吉原を期待してテレテックメディアパークでやるのなら、どこか他のところでやった方がいい」と言われてしまった。ここまで僕が書いた内容を読んだ方は、「吉原というのはそんなにすごいオペレーターなのか?」と思うかもしれないが、これは人によって受け取り方はそれぞれである。ロケスタッフにしても編集のオペレーターにしても、技術力はもちろん大切だが、それ以上に相性という要素がかなりのウエイトを占める。そのため、僕の評価と他の人の評価は分かれるかもしれない。ただ、吉原さんはそこらのオペレーターとは違う、素晴らしい感性と注意力を持ったオペレーターであることは間違いない。かなり気分屋で、機嫌がよいときと悪いときの差が激しいという難点はあるにしても(そこが賛否を分ける大きなポイントではあるが)、腕は間違いなく一流である。そういう吉原さんだっただけに、多少機器の使い方に慣れていないにしても、あえて吉原さんにしようと一時は考えてみたのだが、冷静に考えてみると、機器の使い方に慣れてないオペレーターというのは、ある意味とても困った存在であることも確かなので、今回は吉原さんと仕事をするのをあきらめ、今後、吉原さんがテレテックメディアパークに慣れたころに、改めて編集をお願いすることにしようと思った。
 そういうわけで、テレテックメディアパークの線はなくなったのだが、となるとどこの編集スタジオにするか?僕が今まで行ったことのある編集スタジオを挙げてみると・・・

 オムニバスジャパン
 ソニーPCL
 ヨコシネDIA
 東京テレビセンター
 日経ビデオバンク
 銀座ビデオテック
 クロースタジオ

 ・・・である。どれも帯に短し襷に長し、判断に悩むところである。今うちの部で主流となっている、ヒューマックスピクチャーズというところがある。ここは、ある時、うちの部の誰かが使い始め、そのとき以来、うちの部で制作する作品はほとんどがそこで編集するようになった。昔のヤムコ状態である。ただ、ヤムコといえば「吉原さん」といった看板オペレーターがいるわけでなく、最新機器が揃った中、ある一定以上の使い手がいるというような感じらしい。実を言うと、僕はまだヒューマックスピクチャーズに行ったことがない。というのも、去年から僕はどうもうちの部の人と仕事をすることが少なく(フリーのディレクターとしかやっていない)、ヒューマックスピクチャーズに行く機会がなかったのである。
 そういった諸々の要因を考慮して、どこが一番いいか考えた結果、今まで行ったことのあるスタジオで、好感を持っていところ・・・ということで浮かんできたのが「クロースタジオ」だったのである。僕はこれまで何度かクローに行ったが、行くたびに違う人とあたってきた。その人たちは、どの人もすごく気さくで元気がよく、かつ腕がよかったので、僕はクローに対してものすごく好印象を抱いているのである。
 クロースタジオは塩浜と越中島という2つの建物を持っている。それぞれ編集、MAがあるのだが、塩浜は建物も機材も新しい。一方の越中島は建物も機材も古い。今回、クローの営業担当者に編集室をおさえるために電話をした際、越中島の方しか空いてないと言われ、一瞬どうしようか悩んだのだが、「機材」よりも「人」で選ぶという方針を変えるつもりはなかったので、越中島でOKということにしたのである。
 9:15ごろ、タクシーは越中島のクロースタジオに到着する。今まで外観だけは見たことあったのだが、中に入るのは初めてである。冷静に見てみると、建物はかなり老朽化しているのか、非常にボロく見える。とりあえず中に入ってみる。すると、まぎらわしいことに、道路に面した入口は、喫茶店の入口だった。知らずに入った僕は、ズカズカ奥まで入り込んで行った。そして一番奥の厨房に着いたとき、入口を間違っていたことに気づいた。気を取り直して奥の入口から入り直す。すると、目の前の案内板に何階に何スタジオがあるか書いてあった。おぼろげな記憶をたどってみると、確か第5編集室と言われたような気がする。エレベーターに乗り、4階で降りる。そして長い廊下を歩いた先にある第2編集室の前にたどり着く。そっとドアに手をかけてみると、鍵は開いているようだった。そのままガッとドアを開け、中に入る。すると、いきなり人の気配がするのに気がついた。よく見ると、薄暗い編集室のソファーに誰かが寝ていた。僕が入ってきたのに気づいたらしく、寝ていた女性は目を覚ました。どうも、編集助手の方らしい。とりあえず「今日ここで編集をすることになっているハヤタといいます」と言ってみる。すると、その女性は「あれ?今日、この部屋は空いてるはずなんですが・・・」と言いながら、ガバッと起きあがり、「確認してみます」と言って長い廊下を歩き始めた。僕もその女性の後について行った。確認してもらった結果、僕らは今日、第2編集室ということになっているらしかった。そこで僕は階段を上り、5階の第2編集室に移動する。部屋のドアに手をかけると、鍵がまだ閉まっているようだった。仕方がないので、エレベーター横にある休憩スペースで朝食代わりに持ってきたパンを食べながら、エディットシートの最終確認をする。
 9:40ごろ、再び第2編集室に行ってみると、既に扉は開いていた。中ではオペレーターらしき人が準備をしていたので、とりあえずエディットシートを渡し、名刺交換をする。今日のオペレーターはかなり若く見える人で、とても気さくで元気のいい人だった。僕の抱いているクロースタジオのオペレーターのイメージそのままの人だったので、ちょっとホッとした。
 9:55ごろ、ADの斉藤さんが到着する。斉藤さんに持ってきてもらった素材のテープを編集助手の女性に渡し(この女性もイメージ通りの人だった)、どのテープがどのロールなのか、伝えていく。
 10:00ちょうどに、いよいよ編集開始。一番最初のカットは大同生命のロゴ。続いて、これまで悩みに悩んだオープニングに入っていく。ロゴから黒にフェードアウトし、黒からオープニングカットがフェードインしていく。オープニングの後半から作業がややこしくなっていく。まず、テロップを言葉合わせで出す。僕が読んだ長さに合わせて、タイミング良くテロップを出していく。その部分が終わったら、ピクチャーインピクチャー(画面の中に画面がある状態)で、映像を見せていく。その部分が終わるとようやくオープニングタイトル。タイトルの文字の出方の名前を僕は知らなくて、「左からバラバラっと出てきて文字が組み立てられるやつ」と、かなり曖昧な指示をすると、オペレーターは一発で僕の思っていた通りのものを出してくれた。タイトルあけで本編に入る。スタジオ部分の頭。最初の数カットはOLでつなげる。ここで、オープニング部分の編集の途中から来た阿部さんが帰る。このとき時刻は12:30。最初の2分間の編集に費やした時間は2時間半。どうなんだろう?長いのかな?
 本編部分を繋ぎはじめてちょっとしたところで、CGが出てくる。このCGはあらかじめある程度の動きを付けてもらってはいるのだが、その動きを意図する長さで出すために、編集で調整していく。この調整でかなり手間取ってしまう。CGが終わったところで、一旦中断して昼食にする。
 昼食後、ひたすらスタジオ部分をつないでいく。今回はテロップが50枚ある。作品時間が23分ぐらいなので、単純に言うと30秒に1枚、テロップが出てくる計算になる。テロップは最近、フロッピーで持ち込んで、パソコンから出力するのが主流なのだが、今回は古い編集室なので、テロップも昔通りの紙焼きである(黒い紙に白い文字が打ち込んである紙)。紙焼きだと、まずテロップの水平を合わせる作業を行わなければならない。さらに、万が一間違いがあった場合、同じ文字を手持ちのテロップから探して、そこから抜き取るというような作業をしなければならない。そう考えるとパソコン出しの方が便利なのだが、いや、確かに明らかに便利ではあるのだが、紙焼きの方が「間違えられない」という意識で、入念にチェックをするようになるので、むしろこちらの方が気合いを入れるためにはよかったりする。
 15:00ごろ、ようやく1つ目のブロックの復習部分にうつる。ここで阿部さんが再び登場。今回、阿部さんは基本的に横から見てるだけ。僕が思った通りにやっていき、怪しいところがあると口を出してくる。阿部さんが見てる中で編集をするのは緊張するものだが、温かく見守ってくれてるというのがよくわかったので、僕も思いきって、自分の思った通りに進めていく。
 17:00ちょっと前に、プロデューサーの橋本さんが到着。橋本さんは基本的に僕の演出に対して口を出して来ない。僕にほとんど全てをまかせてくれている。今回、僕がディレクターデビューすることになったのも、橋本さんがうちの部の副本部長、部長、次長を説得してくれたからである。いくら感謝しても足りないぐらいである。
 20:00ごろ、ようやくスタジオ部分が全部終了する。後はエンディングだけ。「だけ」と言っても、エンディングがこれまた時間がかかるのである。エンディングはオープニングと同じく、ある意味作品の顔の部分である。それだけの説得力を出すため、やはりある程度の効果を加えるようにしている。とりあえず、エンディングに取りかかる前に一旦中断して夕食にする。夕食休憩中、エンディングの後半部分(本当に最後の最後の部分)の見せ方を考える。夕食休憩が終わり、編集を再開すると、まずはエンディングの前半部分をつないでいく。ここはそれほど時間がかからずに完了。いよいよ後半に取りかかる。ここで僕とオペレーターで打ち合わせを始める。29秒の空撮をベースに、最初の17秒間で8枚の映像が画面から飛び出してくるというもの作ってもらうことにした。しばらくオペレーターが計算し、続いて使用する映像を僕が指定する。素材が揃ったところで、いよいよオペレーターが効果を加えていく。こういう作業はかなり時間がかかる。動くルート、タイミング、サイズなどを事細かに指定していかなければならないからである。そのため、エフェクトを多様した作品などは、その作業で果てしなく時間をとられることになる。22:10ごろ、ようやくエンディングのエフェクト部分が終了する。最後に企画・制作のテロップを入れ、ようやく全部の編集が完了。ここからVHSにコピーをとり始める。
 コピーが終わり、テープを受け取って僕らがクロースタジオを出たのは23:00ごろだった。今回、初めてディレクターとして編集室に入り、オペレーターにいろいろ指示をしてきたのだが、はっきり言って編集作業はとても楽しいものだった。1カット1カットつながっていくのを見ていると、心の底からドキドキワクワクといった感情がわき上がってくる。ディレクターにとって編集がこんなに楽しいものだとは思いもしなかった。編集の日を迎えるまで、頭の中で様々なイメージをふくらませ、「ここをこうして・・・」というように映像のつながりを考えていくわけだが、それが実際目に見えるものになっていくとき、ものすごい満足感と興奮が身体中を包み込んでいく。一度この感覚を経験してしまうと、もうADとして編集に立ち会うのがイヤになってしまうような気がした(しかし、この作品の後はまた当分ADのままである)。
 オペレーターに関して言うと、僕としてはとても満足だった。オペレーターも助手も、作業が非常に早い。そして、かなりセンスがいい。僕が「こういう感じの・・・」というような曖昧な注文をしても、それをしっかり実現してくれる。また、僕が悩んでいると、「こういうのはどうですか?」といろんな案を提示してくれる。それでいて、僕が何か指示したものを「あ!やっぱりこれはやめて、こっちの・・・」なんてことを言って、作業を中断したとしても、イヤな顔一つせずにその通り作業をしてくれる。長時間の作業でテンションが下がることもなく、常に一定のリズムで作業を進めてくれる。僕にとっては大満足なオペレーターだった。できることなら、次回からもこのオペレーターに編集をお願いしたい、そう思わせてくれる人だった。
 スタジオを出たところですぐにタクシーをつかまえ、橋本さん、ADの斉藤さんと一緒に会社に向かう(阿部さんはエンディングをつなぎ終わったところで帰った)。会社に着くと、荷物を片づけ、自分の荷物を鞄に詰め込んでいく。そして23:30ごろ、会社を出る。