今日はいよいよ工場に行って撮影を行う日。気合いを入れて6:30に起き、身仕度を整えてホテル2階のレストランで朝食をとる。食後、部屋に戻り出発の準備を整えていく。7:50ごろに荷物を持って部屋を出る。ロビーに着くと、スタッフ全員分の会計を済ませる。
8:15、全員がロビーに揃ったところで、ホテルを出てロケ車に乗り込む。今日行く企業の担当者も、昨日から同じホテルに泊まっており、8:15にロビーで待ち合わせをして、同じロケ車に乗って工場に向かう。担当者の案内で車を進める。しばらく走ると、工場の正門が右手に見えてきた。ロケ車が右折レーンに入って、信号が変わるのを待っているそのとき、予期せぬ事態が起こった。突然、大音響とともに車が大きく揺れた。一瞬何が起こったのかわからなかった。振り返ってみると、車の天井に張り付けておいたカポック(光を反射させるために使用する発砲スチロールの板)が衝撃で後部座席の人たちの頭の上に落ちてきていた。
混乱する頭を必死で整理させつつ、何が起こったのかを考えてみる。その結果、答えは一つしかなかった。後ろから車に追突されたとしか考えられない。車を降り、背後に回ってみると、予想は的中していた。大学生ぐらいの若い男が運転する車が、僕らのロケ車の斜め後方から突っ込んできていたのである。後ろの扉と燃料タンクのフタあたりがぐちゃぐちゃにつぶれており、もはや扉が開かないような状態になっていた。僕の頭の中にまず最初に浮かんだのは、「撮影はどうなるんだ?」ということだった。予定では、今日の夕方までに撮り終えて、そのまま車で東京に帰ることになっている。しかし事故となると警察やら病院やら、もろもろやらなきゃいけないことが増え、今日のスケジュールがこなせなくなってしまう。とは言っても、事故が起こってしまった事実を今さら覆せるわけでもないので、あとはなりゆきにまかせる他、手だてはなかった。とりあえず110番して、警察の到着を待つ。
僕らの車に同乗していた取材先企業の担当者は、すぐ目の前にある取材先の工場に入っていった。すると、すぐに数人の従業員の方が出て来て、コーンを道路に置いて車を誘導し、事故の状況をポラロイドカメラで記録し始めた。その手際よさときたら、ものすごかった。さすが超一流の大企業。まるで警察のような動きで、全てを手際よく処理してくれた。
しばらくすると、近所の交番からバイクで来た警察の人が現場に現れた。事情を把握した警察は、とりあえず車を移動しようと言い出した。というのも、僕らの事故のせいで、その道路は大渋滞を起こしていたのである。僕らのロケ車、僕らの前の車(追突されたせいで、前の車にも玉突きでぶつかった)、そして事故を起こした本人の車を、とりあえず取材先企業の駐車場に移動させる。僕らの車と、その前の車は自走できるため、そのまま駐車場まで移動させることができたのだが、問題は事故を起こした車だった。自走は可能なのだが、ハンドルがきかなくなっていた。仕方がないので、曲がるときはみんなで押しながら方向を変え、なんとか工場の門の中まで車を押し込む。
工場正門の横にある守衛、保守棟の会議室に関係者が全員入り、警察による簡単な事情聴取が始まる。その間、僕は会議室の外に出て、会社に電話して事の次第を報告する。諸々の手続きは会社が代表として保険会社と交渉を行ってくれるということだった。とは言っても、今日のロケに関することはこちらで手配しなければならない。
10:30ごろ、小牧警察署の事故係が現れ、事故を起こした青年を連れ、現場検証を始める。その間、僕らは今後の対応について話し合う。とりあえず撮影は今日の午後から夕方までの時間で収まりそうだが、それから車で東京に帰るというのは不可能ということがわかった。さらに、車で帰るにしても、事故ったばかりのロケ車はウインカーやブレーキランプが割れてしまったため、公道を走ることができない。そのため、レンタカーを借りなければならないのだが、レンタカーでは僕らの持ってきた機材を全部積み込むのは難しい。そういった諸事情により、まとまった結果は、移動にはレンタカーを使用する。積みきれない荷物は、月曜日にロケを行う新潟の企業に直接送る。今日は小牧にもう1泊して、明日レンタカーで東京に戻る。ということになった。
警察が現場検証を行っている間、僕は小牧にある日本通運に連絡し、機材(かなりの大きさ、重さがある)を新潟まで送ることができるか確認する。同時に、レンタカーの会社なども調べておく。10:30ごろ、警察の現場検証が終了。関係者は全員、小牧警察署に移動するように言われる。タクシーを呼び、分乗して警察署に向かう。到着するとすぐに調書づくりが始まる。2人の警察が全員に話を聞いていく。
調書ができあがったところで、今度は全員で病院に移動する。病院には、取材先の企業から連絡がいっており、優先的に僕らを診てもらえるようになっていた。すぐに診察室前まで通され、看護婦さんから順番に問診を受ける。問診が終わった順に、みんなレントゲンをとられる。レントゲンが終わると、今度は外科医による診察。診察後、しばらく待たされて、全員が薬と湿布をもらう。この段階で時刻は13:00。ディレクター、カメラマン、カメラアシスタント、照明の4人が取材先企業に移動し、撮影の準備を始める。僕は病院に残り、保険関係の処理を進める。損保会社の事故担当者と、ロケ延期分の費用を補償してもらうよう話をつける。ただ、保険会社の方も事故当日ということもあって若干処理が混乱している感じだったので、今後も連絡を取り合っていくことにした。続いて事故を起こした青年と、保険対象外の費用発生に対する補償について話し合っていく。おおよその話がまとまったところで、再び取材企業の工場に戻る。
担当者に案内されて、会議室に通される。後から到着した僕とドライバーは、用意してくれていた弁当を食べる。食後、僕とドライバーは保険会社と連絡をとり、今後の対応について相談していく。というのも、この段階で保険会社から今回のロケ延期分の費用を補償してくれるという解答が得られるか得られないかで、今後の手配が大きく変わってくるのである。
14:00ごろ、保険会社との話はまだ全部まとまってはいなかったが、とりあえず撮影現場に移動する。撮影の準備をしている間も、頻繁に僕の携帯に保険会社から電話がかかってくる。その都度、作業を中断して補償問題についての話をする。17:00ごろ、ようやくロケ延期分の費用を補償してもらえる確約がとれる。これを受け、ドライバーにレンタカーの手配、破損したロケ車のその後の処置などを行ってもらう。僕は再び撮影現場に戻る。
18:00ちょうどに撮影は終了。今日、うまく撮れなかった工場外観は、明日改めて撮影することになったが、それ以外の撮影はなんとか全て終えることができた。
みんなで一気に機材を片づけていく。ただ、今回は片づけた機材をロケ車に積み込むことができないため、台車で押して、工場の守衛棟の中にある会議室に一時的に置かせてもらう。そうこうしているうちに、レッカー車が到着。破損したロケ車を持って行ってもらう。18:50ごろ、レンタカーが到着。ロケ車に比べると、レンタカーは格段に荷台が小さいため、機材を一度に運ぶことができない。そのため、次のロケ現場の新潟に発送する機材の一部だけを積み込み、一度日本通運に運んで、また戻ってきてもう一度運ぶという方法をとることにした。僕、ドライバー、撮影助手の3人で、日本通運の発送センターに機材を持っていく。その間、他のスタッフには休んでいてもらう。
日本通運に着くと、機材を車から降ろし、専用のボックスに詰めていく。持ってきた機材を全て降ろしてしまうと、再び工場に戻り、残りの機材をレンタカーに積み込む。休んでもらっていたスタッフには、必要な機材だけ持って、ホテルに戻ってもらう。僕らは再び日本通運に行き、機材を降ろし、発送の手配をする。
20:50ごろ、ホテルに到着。チェックインを済ませ、荷物を部屋に置く。これからみんなで夕食に出かけるので、必要な荷物だけ持って、すぐにロビーに降りる。21:00ごろホテルを出て、昨日とは違う台湾料理屋に行く。
22:15ごろホテルに戻り、みんな自分の部屋に入る。ものすごく慌ただしい一日だったが、なんとかうまい具合に乗りきることができた。だが、僕は体力、精神力ともに著しく消耗したらしく、ホテルの部屋に戻るとベッドに横になったまましばらく動けなかった。