10:00ごろ目が覚める。素早く布団をまとめ、会議室から出る。自分の机に戻ると、すぐに荷物を持って会社を出る。日比谷線に乗り、神谷町で降りる。そこから歩いて5分ほどのところにある、日機連に向かう。オフィスに入ると、すぐに担当者が現れた。書類を渡し、今後のロケについての打ち合わせをする。
11:30ごろ会社に戻る。すぐに、来週のロケで機材を輸送するための業者を探し始める。いろいろ候補は挙がったが、やはり一番安心できるのは日本通運だった。大型の荷物でも安心してまかせることができる。さすが運送会社の巨人である。
13:30ごろ、チーフプロデューサーの高畦さんが「DVCAMのカメラの使い方を教えてほしい」と言っていた。なんでも、今、高畦さんが担当している作品で、このカメラを使うとのことだった。テープの入れ方から撮影の仕方まで、一つひとつ丁寧に教えていく。
その後、海水揚水発電所の映画のプロデューサー、戸井田さんに、発電所の各機関の役割を詳細に教えてもらう。編集をやっていると、どこの部分がどういう役割を果たしているのか、全くわからなくなることがある。そのため、あらかじめ戸井田さんに詳しく話を聞いておくことにしたのである。
15:00ごろから、山形県のタクシー会社に電話をかけまくる。普通、地方都市にロケに行く場合は、レンタカーで移動することが多い。ところが、今回はかなりの積雪のため、雪道に慣れているドライバーでないと危険なのである。そのため、現地でハイエースクラスのタクシーを扱っている会社に電話し、各会社の値段を確認してみることにした。どこの会社も値段は比較的同じようなもの。とりあえず、まだ使用日が定まっていないため、本おさえは後日にまわすことにした。
もしかしたら地元のテレビ局に聞いてみたら、普段扱っているロケ車の会社を教えてくれるかもしれないと思い、試しに「さくらんぼテレビジョン」に電話してみる。すると、「ロケ車」を扱っている会社は存在しないとのことだった。自分たちが移動するときは、自社の車を使い、その他の時はタクシーを使用するとのことだった。電話の応対をしてくれた中年男性と思われる方は非常に感じのいい人で、すごくやさしく対応してくれた。これで僕のさくらんぼテレビジョンに対する株はかなり急騰してしまった。基本的に地方の方はどの業界の方であっても非常に優しく、かつ丁寧な対応をしてくれるので、電話で話す僕としては非常に気持ちがよい。
夕方から、日機連98のVHSラベルを作り始める。なぜ今ごろこんな昔の作品のラベルを作るのかというと、この作品をTEPIAが全国に配布したいと申し出てきたのである。4つの賞をもらったこの作品は、産業映画を扱っているTEPIAではかなりメジャーな存在になっているらしく、このように嬉しい申し出をしてきてくれたのである。ラベルができあがったところで、マスターテープを、コピーを発注するヨコシネに出す手配をする。ヨコシネに電話して、素材をとりに来てもらえるよう手配してもらう。
19:00ごろ、日機連のカメラマン、大手さんが僕のところに来た。来週からのロケの打ち合わせをする。続いて、ディレクターの飯島さんのところに行き、やはり今後のロケについての打ち合わせをする。打ち合わせ後、6階のテレビ部のフロアをうろうろしていると、後輩の小津が僕のところに来た。なんでも、デジタルっぽいイメージとして、パソコン画面に数字の羅列が流れているような映像を撮りたいらしく、それをどうやったら撮れるか知りたいとのことだった。やり方はわかるのだが、教えるとなると大変なので、仕方なく僕がその数字を作ることにした。ResEditを使ってMacintoshのシステムファイルから数字の羅列を取り出す。それを大量にコピー・ペーストして、数字の羅列ファイルを作る。これを画面撮りするパソコンまでフロッピーで運び、ちゃんと表示することができるかどうか確認する。
21:00ごろから、5日(月)、7日(水)のロケスケジュールを作り始める。できあがったものを関係者に配布していく。22:00ごろ、再びディレクターの飯島さんと打ち合わせを行う。
22:30ごろ、ようやく自分のフロアに戻ってきた僕は、やりかけだった海水揚水発電所の編集を再開する。23:30ごろ、なんとか一段落ついたので、荷物をまとめてすみやかに会社を出る。