街角散歩

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2006年3月14日

テレビ業界の人々

テレビ業界の人々

1998年から東京で生活を始めました。その当時、羽田空港から浜松町へ移動する途中、やたらと高層ビルが建ち並ぶハイソな雰囲気を持つ場所が目についた記憶があります。その場所は天王洲アイル。羽田から出発したモノレールは工場地帯や運河沿いを走り続け、どうにも目立ったランドマークが見あたらないのですが、終点浜松町を目前にしていきなり高層ビル街の中に突入していくので、けっこう印象は大きかったです。

時は流れ2000年、大卒後最初に勤めていた会社でNTTドコモのCM制作の担当につきました。CMはテレビ番組と違ってロケに向けた準備にすごく時間がかかります。事前にどんな場所でどういう映像を何秒間撮影するのか、綿密に詰めていきます。ある日、撮影場所の候補として品川近辺が挙がりました。まだ改装前のきたない品川駅からカメラマンと一緒に歩いて撮影場所を細かく探していきます。今でこそ品川はオシャレな街に変貌してしまいましたが、当時は古い民家が連なる東京の下町的なイメージを色濃く残した街でした。そんな幾多の下町の風景をくぐり抜けていくと、ふと視界が開けた場所に出たのです。そこが天王洲アイルでした。時間帯はちょうど夕方、夕日のグラデーションときらびやかな照明が作り出すその街は、すごく洗練された美しい街に見えました。「今度プライベートで一度この街を訪れてみたい」とそのとき心の底から思った記憶があります。

さらに時は流れ2001年、そもそも僕はCMやビデオパッケージに興味はなく、テレビ番組を作りたかったのですが、どうにも番組を作る機会がめぐってこないことに嫌気がさし、違う会社に転職しようと試みました。いくつかの会社にアプローチをかけましたが、最終的に落ちついたのはフジテレビと結びつきの強い番組制作会社でした。この会社の所在地が偶然にも天王洲アイルでした。当初、「あの綺麗な街で仕事することができるんだ!」と、ちょっと嬉しく思いましたが、冷静に考えてみたらモノレールに乗らなきゃたどり着けない場所なんて、非常にアクセスが悪いわけです。実際、職場として天王洲アイルを考えた場合、どうにもこうにもめんどくさい場所なのです。今でこそりんかい線が通っていますが、当時はまだモノレールかバスでしか行くことができません。さらに問題なのは食事。六本木ヒルズなど観光地的な場所に勤務の方はなんとなくイメージしやすいと思うのですが、周辺で気軽に食事できる場所がないのです。その前の職場があった茅場町なんて、食事をする場所は数限りなく存在したので、毎日どこで食べるか悩むほどでした。それが一転、この状況ですわ。そりゃあ弱りました。それでも普通の仕事をしてたら、そんなに困ることもなかったのかもしれませんが、僕がやっていたのはテレビ番組の制作なのです。世の中にある仕事でもけっこうヘヴィな部類に入る職種なわけです。何日間も家に帰ることができず、身体が汚れまくった状態で、きらびやかな電飾がほどこされた天王洲の街中を歩かなきゃいけなかったりするわけです。

天王洲で働き始めて3ヵ月ほど経ったある日、珍しく仕事が少ない日がありました。といっても日曜日です。普通の仕事なら休みをとっているところでしょうが、番組制作の仕事に土日は全く関係ないので、何気なく普通に朝の9時ごろに出勤して細々とした作業をしていました。そんな中、ディレクターが突然電話をかけてきました。

「編集所にたまってるテープを倉庫に入れといて」

とイキナリ言われたのです。僕らはロケに出て、撮影を終えたテープをまず編集所に運びます。そこで編集が終わるまで保管してもらうのですが、僕が担当していた番組ではかれこれ2年間ぐらいテープをそのまま編集所に放置していたのです。僕がこの番組の担当になるはるか前から放置されていたテープを、なぜだか僕が全部片付けなきゃいけないハメになったのです。ちなみにテープの本数は500本以上。これを運ぶとなると想像を絶するハードワークです。そしてディレクターはこうも付け加えました。

「あ、ところでタクシー使うなよ。うちの番組金ねぇんだから、テープ運ぶぐらいでタクシーなんか乗るんじゃねぇぞ。どうせ今日お前ヒマだろ。だったら全部電車で運べ!もしタクシー乗ったことがわかったら殺す!」

...とだけ言って一方的に電話を切りやがったのです。そう言われてどうしたでしょう?ホントに電車で運んだのです。編集所があるのは麹町、天王洲から乗り換えが2回もあります。しかも運ぶのは一回では終わらないです。500本なんて本数、人間が一度に運べるものじゃありません。天王洲の会社と麹町を3 往復もするハメになったのです。この作業にかかった所要時間はなんと5時間。しかしまだこれで終わりではないのです。うちの会社は同じく天王洲にある「寺田倉庫」という貸倉庫にテープを保管しているのです。今度は会社からそこまで歩いて移動です。巨大な台車にテープを山積みして一度に運ぶべく画策します。なんとか台車にテープは乗りきったのですが、前が全く見えない状態です。その状態でゆっくりゆっくり倉庫まで歩いて向かっていたのですが、ベタなことに途中で荷くずれが起き、テープが道路一面に広がったりすることもありました。日曜日の昼下がり、オシャレな街天王洲でテープをかき集める姿はヒジョーに悲惨な姿です。倉庫にテープを運び終えたとき、時刻はもう18:00を越えていました。

ここまで読んで、テレビ番組制作のADくんって想像通り悲惨な生活してるなって思ったでしょ。でも、こんなのは実は序の口なのです。今思えばこの年が、僕の人生の中で最悪の一年間でした。もちろんその後ほどなくしてディレクターになり、そんな悲惨な生活からは抜け出したのですが、ディレクターにはディレクターの悩みがあり、これまた大変ハードな話になるのです。しかしこのテレビ業界の話は語ると長くなるので、また日を改めて紹介します。

ちなみに今日の写真は3月11日に撮影した天王洲アイルです。オシャレで綺麗な街なのですが、僕にとってはつらく厳しい思い出がよみがえる場所なのです。

アップロード日時 : 2006年3月14日 00:11    撮影場所 : [ 品川区 ]

地図

撮影詳細情報

撮影情報
撮影場所 天王洲アイル
撮影日時 2006年3月11日 18:15
カメラ情報
カメラ Canon EOS 20D
フォーマットサイズ APS-C
ISO感度 100
露出プログラム 絞り優先AE
露出補正 -1/3EV
露出時間 2.5秒
レンズ情報
レンズ EF24-70mm F2.8L USM
焦点距離 24mm
絞り f/8.0

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