小さなきっかけ

   序章

 アマゾン川流域の熱帯雨林には、数千、数万種の動植物が生息している。彼らは何万年も前からそこで生活し、滅び、そして生まれてきた。容赦なく照りつける日差し、止まるところを知らない豪雨。その過酷な自然環境の中で生き残るため、彼らは独自の進化を遂げてきた。それは何万年も変わることのない自然環境だからこそ成せる業である。
 このように何万年もの歴史を持つ大自然の中、人間は比較的新しい種族である。数千年前、地球上に登場したこのヒトという種族は目覚ましい発展を遂げ、世界中にその勢力を伸ばした。彼らはその地域ごとに独自の文化を持ち、独自の生活を築き上げていった。時が経ち、彼らは地域ごとに交流を計り、それぞれの文化が融合した高度な文明というものを生み出した。その文明のおかげで人間はある一定以上の生活を送ることが可能となった。このように文化の交流を計った人々は幾重もの進歩を遂げ現在に至る。
 現在はほぼ世界中の人間が文明と供に生活しているが、中には外界との交流を避け、独自の文化を築き上げた種族もある。

   第一章

 アマゾン川流域にある大自然の中には、未だに外界との交流を経験したことのない種族が数多く存在している。その中のとある種族の中に好奇心旺盛な少年がいた。
 「なあ、俺、最近気になってることがあるんだけどさ。」と村では若手のアビレスが言った。
 「なんだよ言ってみろよ。」と、アビレスは同年のダニーロにそう言って聞き返した。
 「いやな、あの山の麓の木が最近少なくなってきてるような気がするんだよ。それに最近ずっと変な音が聞こえるだろ。あれも何なのかよくわからなくてさ。」アビレスは顔をしかめ、ダニーロを見ながらそう答えた。
 山の麓は以前なら緑一色に覆われ、他の場所と別段違いはなかったのだが、ここ一カ月で徐々に木の量が減り始め、今では所々赤土が見える程にまでなっているのである。
 「ああ、あれか。あそこは俺もよく知らないんだけど、何か見たことのない奴らが大きな物で木を片っ端から切り倒してるって長老が言ってたけどなあ。」と、ダニーロは山の麓を指さしながら言った。
 「ふーん。でもなんで木なんか持って行くんだろ。あんなもの持って行って何にするのかなあ。」とアビレスは言った。
 そのように二人が話していると、ふとどこからともなく長老が現れ二人の話に割って入った。
 「あれはなあ、はるか北の国から来た連中がこのあたりの木を一斉合斉持って行こうとしとるんじゃ。奴らはあの木をいろいろな物に変えて金を儲けようとしとるんじゃ。」そういう長老の目はどこか悲しいものを含んでいた。ところが、それを聞いたアビレスは目を輝かせ、 長老にこう聞き返した。
 「えっ!?木なんかがお金になるの。木なんていくらでもあるじゃない。なんであんなのがお金になるの。」
 「お前たちはこの村の外に出たことがないから何も知らんのじゃな。この村の周りはまだ沢山木が残っているが、あの山の麓やアマゾン川の向こう側なんかはもう木なんぞほとんど切り倒されてしまった。いずれこの村のあたりまで奴らは木を切りに来るだろう。奴らはわかっておらんのじゃ。木がどんなに大事な役目を果たしておるのかということを。木には多くの虫や鳥たちが住んでおる。そしてその虫を食べる動物たちも住んでおる。そのようにして多くの動物たちがこの木をよりどころにして生活しておる。わしらが動物を捕まえてそれを食べて生活できるのも言ってみれば木のおかげなんじゃ。また、木は大地を豊かにしてくれる。木は多くの水を蓄え、その木に住む者たちに潤いを与えてくれる。そしてその木に住む者たちの糞や死骸、そして木の葉は土に還り、豊かな土地を作ってくれる。まあお前たちにはまだよくわからんじゃろうがな。」そう言う長老の目は真剣だった。
 「ふーん。」アビレスは理解したのかしてないのかわからないような返事をした。しかしその表情からは何かいいことを思い浮かんだというような感情が読み取れた。
 そんなとき遠くから長老を呼ぶ声が聞こえた。「ちょーろー。明日の狩りについての話があるんですが。」
 「わかった。すぐ行く。」と長老は叫び返した。
 「お前たち。わしはもう歳だ。こんなおいぼれには何もできん。しかしお前たちはまだ若い。これからのアマゾンを守っていくのはお前たちじゃ。今はまだわからんかもしれんが、自然がどんなに大切なものかということをよく考えねばならん。まああせらんでもいいからゆっくり考えるんじゃな。」そう言って、長老はアビレスとダニーロの肩に手を置いた。そして長老は明日の狩りの話をするために村に戻って行った。
 「なあ、ダニーロ。お前さっき長老が言ったことわかったか。」とアビレスは聞いた。
 「さあ……でもまあ木を切るのがよくないって言ってたのはわかったけど。」とダニーロはよくわからないといった顔をして答えた。
 「でもさあ、こんないくらでもある木がお金になるんだろ。すごくおいしい話だと思わないか。長老は木がだいぶなくなったって言ってたけど、こんなに沢山あるんだからちょっとやそっとなくなったところでなんてことはないはずだよ。」とアビレスは気楽に言った。
 「そうなのかなあ……。」と難しい顔をしてダニーロは答えた。
 「何そんな難しい顔してんだよ。なあ、おい、ちょっとあの山の麓まで行ってどんな奴らが木を切ってるのか見に行ってみないか?」とアビレスは目を輝かせてダニーロそうに言った。
 「え!?山の麓まで行くの?やめようよ。」とダニーロは嫌そうにそう言った。生まれてずっと村の人以外見たことのない二人にとって、全く見たことのない、それもはるか北の国から来た人というのは確かに不気味で怖い存在かもしれない。しかしアビレスは怖いという気持ちよりも、そういう人を見てみたいという好奇心の方が強いようだった。
 「何言ってるんだよ。そんなこと言ってないで行こうぜ。ちょっと見て来るだけじゃないか。そんなのたいしたことないって。さあ行こう。」そう言ってアビレスはダニーロの手を引っ張った。
 「ちょっと待てよ。本気か?おい待てったら……。」ダニーロの言うことも聞かずにアビレスは無理矢理ダニーロを連れて山に向かって歩き出した。

   第二章

 アビレスたちはひたすら山に向かって歩いて行った。山までの道のりは決して短くはない。しかし好奇心に満ち溢れたアビレスにはそんなことは気にならなかった。
 山が近く見えてくるにつれ大きく聞こえる音を聞き、少年たちは自分たちがゆっくりと目的地に 近づいていることを確信した。
 そしていよいよ音が大きく聞こえ、お互いの話し声すらも聞き取りにくくなったそのとき、ふと視界が開け、 荒涼とした平野が現れた。いや、そこは昔、アビレスたちが歩いて来たのと同じような森だったのだろう。無数にある木の切株がそのことを無言で物語っていた。
 少年たちが唖然としてその場にたちすくんでいると、遠くからすごい勢いで車が向かって来ているのが見えたので急いで木陰に身を隠した。
 「なんだ、あの大きいのは。」とアビレスは驚きを隠せない声でダニーロに聞いた。
 「俺がわかるわけないじゃないか。なんなんだろうなあ。なんであんなにスピードが出るんだ?あっ!見ろよ。あの中から人が出てきたぞ。」
 ジープは少年たちの少し先に止まり、その中から二人の人が降りてきた。二人ともきれいな服を着て、さっそうと現場を歩いていた。会社の上の方の人が現地を視察に来たという感じだった。
 「おい、ダニーロ、見ろよ。あの人たちあんなにきれいな服を着てるぜ。なんかすごくかっこいいよな。それに木を売っただけで金になるんだろ。そんなの俺たちにだってできそうじゃないか?」そういうアビレスの顔は輝いていた。そしてふと何かを思いついたように、ハッと表情が明るくなった。
 「なあダニーロ、あの金属の塊に乗り込んであの人たちについて行かないか?木を売っただけであんなきれいな服が着れるんだぜ。楽勝だろ。絶対俺たちにだってできるって。なあ、お前も一緒に 行こうぜ。」とアビレスは目を輝かせてダニーロにそう言った。
 「お前、ちょっと待てよ。落ち着いて考えろよ。あの人たちについて行ってどうするんだよ。どこに行くかだってわからないんだぜ。絶対やばいって。やめといたほうがいいよ。」ダニーロはアビレスの言ったことになびく素振りすら見せなかった。
 「だめだなあ。さっき長老が言ってたじゃないか。俺たちはまだ若いんだぜ。いろいろやってみなきゃ。」とダニーロを説得しようとしたが、ダニーロはやはり全く同意しようとはしなかった。
 「お前、それは違うだろ。確かに長老は俺たちに若いって言ったけど、木を切れなんて一言も言ってなかっただろ。長老は木を守れって言ってたんだぜ。しっかり聞いてたのかよ。」
 「いや、まあ確かにそうだけど、別に木が少しぐらいなくなったって大して変わらないよ。これだけ沢山あるんだから、ちょっとぐらいなくなったって何のことはないよ。それに、お前、あの人たちみたいなきれいなかっこしたいと思わないのか?」とアビレスはまたダニーロを説得しようとした。しかしダニーロの考えは変わらなかった。
 「いや、まあ、確かにああいうきれいなかっこしてみたいとは思うけど、別にそこまで強くは思わないよ。今の生活だってそんなに悪いわけじゃないだろ。俺は今のままで満足だよ。」とダニーロは答えた。
 「お前勇気ないなあ。わかったよ。俺一人で行くよ。」とアビレスはつまんなそうな顔をしてそう言った。
 「おい待てよ。待てったら。」ダニーロの呼びかけも虚しく、少年はジープに駆け込み、すばやく荷台に乗り込み、隠れた。しばらくすると、ジープに乗っていた人が戻って来て、そのまま遠くに去って行った。
 ジープは二時間近く走り続けた。その道のりで少年が見た光景はアビレスの目には信じられないものだった。長老が言っていたように、本当にアマゾン川のほとりにはほとんど木がなくなっているのである。少年の住んでいたのは比較的内陸にあったのでまだ開発の手がのびてはいなかったが、川沿いの地域はほとんど見渡す限りの平野の木々が切り倒されていた。アビレスの心の中に少しばかり不安がよぎったが、今さら引き返せるわけもなく、黙って車の中に隠れていた。
 ジープはひたすら走り続け、川幅がかなり広い部分まで来たとき、そこに一隻の大きな船が止まっていた。ジープはそのまま船に乗り込み、乗り込んだのを確認したと同時に船は出航した。船旅はかなり長かったが、着くまで船の食料庫の中に忍び込み、何とか飢えをしのいでいた。そして数日後、船はアメリカ合衆国のニューヨークに着き、アビレスはこっそり船から降りた。アビレスの生まれ育った村からニューヨークに足を 踏み入れた人はアビレスが初めてであった。
 こうしてアビレスの新たな生活が始まった。

   第三章

 船が着いたのはニューヨークのはずれにある材木一時集積所である。そこには主にアマゾン川周辺から切ってきた木が集められていた。その量は並大抵のものではなく、今までアビレスが見たこともないような量だった。
 「今までわからなかったけど、こんなに沢山の木が切られてるのか。こんなに切って本当に大丈夫なのかなあ。この間の船の中で見た景色といい、この木の量といい、ちょっと心配になってきた。長老の言っていたことは本当だったんだな。」そのような不安がアビレスの胸をよぎったが、ここまで来たからにはもう後戻りはできない。そう決心し、アビレスは再び最初に乗っていたジープに乗り込んだ。
 ジープは材木集積所を離れ、ひたすら道路を走って行った。しばらくすると巨大なビルが建ち並ぶ地区に入った。そこはアビレスが今まで見たこともないくらいの人で溢れかえり、アビレスが乗っているような車が激しく通りを往復していた。そこはアビレスには想像もつかない世界だった。アビレスは生まれたときから人が数十人ぐらいしかいない村で生活してきたので、このように人と車とビルの入り交じっている世界は見たことがあるはずもなく、想像すらしたことなかった。ジープの荷台の隙間から外を除いていたアビレスの表情は驚愕と不安で埋め尽くされていた。ジープはそのままニューヨークの街を走り続けた。しばらくするとふとジープは道のわきに寄り止まった。車に乗っていた二人が降り、道のわきにある自動販売機で飲み物を買い、それを飲みながら話をし始めた。アビレスは彼らが何をしているかわからなかったが、とにかく車を降りるなら今しかチャンスがないと思い、素早く車から降りて近くの建物の影に隠れた。車に乗っていた人たちは飲み物を飲み終わると、缶を自動販売機の上に置き、そのままジープで去って行った。すぐに車は見えなくなり、少年だけがその場に取り残された。ひとまず落ち着いたが、これからどうすればいいのかアビレスは何も考えていなかった。
 そのときふと後ろから誰かがアビレスの肩をたたいてきた。ハッと後ろを振り返ったアビレスが見たのは、アビレスの親友、ダニーロにそっくりな少年だった。
 「ねえ、君、こんなところで何してるの?」と少年はあどけない顔をしてアビレスに話しかけてきた。
 「い、いや、別に。えーと、あの……、あっ、ところで君何ていう名前?」アビレスは驚きを胸に隠し、ダニーロにそっくりな少年に聞いた。ダニーロがこんなところにいるはずがない。そうわかっているにもかかわらずつい名前を聞いてしまった。
 「え?僕?僕はジャックっていうんだけど、それがどうしたの?」とダニーロにそっくりな少年はアビレスに向かってそう答えた。
 「いや、別に何てことはないんだけど、ちょっと君の顔がすごく僕の親友の顔に似てたから……。」戸惑いを隠しきれない表情でアビレスはジャックに言った。
 「ふーん。ところでさ、君ってこの辺の人じゃないだろ。なんかかっことかしゃべり方とか僕たちと全然違うし、それにこの辺に慣れてないみたいだしさ。」とジャックは言った。なかなか確信をついていた。
 「まあ……ね。確かに僕はこの辺の人じゃないんだ。ちょっと遠くからお金を儲けるためにここまで来たんだ。だけどまず何をすればいいかわからなくてさ。で、ここでどうしようか考えてたんだ。」とアビレスは言った。
 「なるほどね。でもどうやって金を儲けるんだい?金なんてそんなに簡単に儲けられないよ。」とジャックはアビレスに言った。
 「いや、それがだなあ、あるんだよ。金を儲ける方法が。しかも簡単に。」とアビレスは自身に満ち溢れた表情でそう言った。
 「え!?どうやるの?そんなにいい方法があるわけ?あるんだったら僕にも教えてくれよ。」とジャックは目を輝かせて言った。そのときアビレスは長老の言った言葉と、アマゾン川を下っている途中の荒れ果てた光景を思い出していた。本当に木を切ってそれを売ってお金にしてしまっていいのだろうか。そういう思いがアビレスの心の中をよぎった。しかしここまで来て後戻りはできない。やれるだけやってみよう。そうアビレスは決心した。
 「実はなあ、あんまり人には言えないんだけど、俺はずっと南のアマゾン川のほとりから来たんだ。なんでもそこでは最近きれいなかっこした人たちが木を切ってどこかに持って行ってそれを売ってお金にしているらしいんだ。だから僕が自分たちの村の近くの森の木を売ったらお金になるんじゃないかなと思って、その人たちにくっついてここまで来たんだ。でもいまいちどういうふうに木を売ったらいいかわからなくてさ。結構困ってたんだよ。君どうやったらいいかわかる?」ちょっと不安もあったが、自分一人では何ともし難いと思い、とりあえずここの地元のジャックに聞いてみた。
 「へえ、君はアマゾンから来たのか。すごく遠くから来たんだな。でも確かあの辺にはもう残ってる木なんて……。」そう言ってジャックは少し黙った。そしてこう続けた。
 「木を売るんだね。じゃあいいところがあるよ。案内してあげるからついてきなよ。」そう言ってジャックは歩きだした。アビレスはいまいち何が起こったのか理解できなかったが、彼一人では何をしたらいいのかわからなかったのでとりあえずジャックについて行くことにした。ジャックはくねくねと曲がりくねった複雑な路地裏をしばらく歩き続けた。そしてしばらくするとすごくぼろいアパートのような建物の中に入って行った。入ってみると廊下の両端に扉が並んでいた。どうやら本当にアパートのようだ。ジャックはその中の一つのドアを軽く三回ノックした。しばらくすると扉のチェーンを外す音が聞こえ、続いて鍵を開けるカチャッという気持ちいい音が、静かな鉄筋アパートに涼しげに響き渡った。そしてかなり激しいぎぎぎぃぃーというきしみ音とともにゆっくりと扉が開いた。扉の中から現れたのは中年の労働者といった感じの男だった。肌の色は黒く、不精髭がやたら目についた。彼はジャックの方に顔を近付け、二人でなにやら秘密の話をしていた。男はジャックの言うことに真剣に耳を傾け、時には頷き、時には驚きと、ジャックの話に聞き入っていた。しばらくして話が終わると、男は真っ直ぐ立ち、アビレスの方を向いてこう言った。
 「お前が木を売りたいという奴か?」
 「ええ、そうですけど、あなたが木を買ってくれるんですか?」とアビレスは期待を込めた声でそう聞いた。
 「ああ、俺が買ってやるよ。でもまずはお前が言ってる、木が沢山ある場所ってのを詳しく教えてくれ。」と男は言った。
 「ええいいですよ。」そう言ってアビレスは男の部屋に入った。そして男は地図を広げたが、生まれて自分の村しか見たことのないアビレスにとってはもちろん地図の見方なんかわかるはずもなく、結局アビレスが大体の場所を男に説明した。
 「なるほど。そのへんはまだ行ったことなかった。なかなか盲点だな。」と男は言った。するとアビレスが突然男に質問した。
 あのーすいません。ちょっと聞きたいんですけど、今アマゾン川の流域にはどのくらい木が残っているんですか?うちの長老はもうほとんど残ってないって言ってたんだけどそれは本当なんですか。僕がここに来る途中、木の切株だらけの荒れ地を見てきたんだけど、全部が全部あんなふうになってるわけじゃないですよね。」
 「いや、今のアマゾンの流域はもうほとんどそんな状態だ。木なんかほとんどない。」と男は平然と答えた。
 「え?じゃあ今僕が教えた辺りの木はどうなってしまうんですか?」とアビレスは本気で心配そうな顔をして男に聞いた。
 「お前たちの村の木ももうすぐ全部なくなる。なにせ今、木は貴重品だからな。もう自然の木なんてほとんど残ってやしない。とっくの昔にみんなが持っていっちまいやがった。」なんでもなさそうに男はアビレスにそう言った。
 「じゃあ僕たちの村はどうなるの?本当に僕たちの村から木がなくなるの?あれだけ沢山あった木がなくなってしまうの?じゃあ僕たちはどうしたらいいの?どうにもできないじゃないか。やめてくれ。僕の帰るところがなくなってしまうじゃないか。」とアビレスは真剣に言った。アビレスは後悔した。自分の軽はずみな考えから、自分の村をなくしてしまうことになるかもしれない。そして自分の帰るところがなくなってしまう。そう。アビレスはもう気づいていた。このような、人や車ばかりの雑踏の中でいい生活をするよりも、自然の多く残っている自分の生まれ育った村の方が比べ物にならないくらいいいということを。アマゾンの村には確かにきれいな服を着ている人はいない。裕福な生活をしている人もいない。しかし村には温かさがある。長老や両親、そして親友がいて、彼らは常に笑顔で接してくれる。そして何より村には自然がある。そのような村は、確かに都会に比べたら不便かもしれない。しかしそこには都会にはないゆとりと安らぎがある。アビレスはやっとそのことに気がついた。しかしそのことに気づいたときにはもう遅かった。もう取り返しのつかないところまできている。しかしアビレスはなんとかして自分の村を守ろうと男に喰ってかかった。
 「頼む。やめてくれよ。木がたくさんあるならまだしももうほとんどないのにそこまでして木を集めてどうするんだよ。頼む。やめてくれ。」
 しかし男は無情だった。
 「うるせえ!今さら何を言ってるんだ。もう遅いんだよ。お前にも分け前はやるよ。だから黙ってろ。」と男は冷たくアビレスに言った。
 「お金なんていらないから、頼む!行かないでくれ。」アビレスは男に捕まりそう叫んだ。
 「邪魔だ。ひっこんでろ。」そう言うなり男はアビレスの腹を力一杯殴った。
 「がっ!ぐっ……。ま、待て……。」アビレスはそこまで言ってその場に倒れ込んだ。アビレスが気を失う前に最後に見た光景は、男とジャックが扉を開け部屋を出て行く姿だった。

   第四章

 アビレスは男を追っていた。男はアビレスに追いつかれまいと凄い勢いで走っていた。アビレスはなんとか追いつこうと全力で走っているのだが、一向に男との距離が縮まる様子はない。それでもアビレスは全力で走った。これ以上走ったら倒れるというぐらいの勢いで走っていた。そのとき突然、斜め前方から誰かが飛び出してきた。それはジャックだった。彼は両手でナイフを握り締め、アビレスの方に走ってきた。アビレスは避けようとしたが、走っていた勢いもあり避けきれなかった。ジャックはそのままアビレスの方に突っ込んできてアビレスの腹にナイフを突き刺した。アビレスは何かしゃべろうとしたが言葉にならなかった。ジャックの持つナイフにアビレスの血がゆっくりとしたたっていった。ジャックは無造作にそのナイフをアビレスの腹から抜き、一歩下がってナイフを縦に振り、血を払った。そしてその場に崩れ落ちていくアビレスに冷たい視線を送っていた。アビレスは体中から力が抜け、膝から地面に倒れ込んだ。そうしている間に男は走り去って行った。そしてそのまま見えなくなった。アビレスは早く追いかけないといけないと思いながらも腹部の激痛がひどく動けなかった。激痛はいつしか薄れ、代わりに脱力感が訪れた。そして意識がだんだん遠のいていった。見上げるとジャックが口の端に笑いを浮かべながらアビレスを見下ろしていた。アビレスは何もできないままその場に仰向けに倒れ、意識を失った。
 目が覚めるとそこはまだ男の部屋の中だった。嫌な夢だった。男から殴られた腹の痛みはなんとかおさまったが、頭がいまいちはっきりしない。アビレスは一瞬自分の身の周りに何が起こったのか理解できなかった。頭はまだ薄もやがかかったようにぼんやりしている。口の中はざらざらして鉛のような味がした。外は日が暮れかかっているのか、少し薄暗かった。ぼんやりと窓の外を眺めていると、急にいろいろなことが現実のこととして頭に蘇ってきた。そうだ、男は今、村の辺りの木を切りにアマゾンに向かっているはずだ。アビレスははっきり思い出した。一気に頭のもやが晴れた。こんなところでのんびりしている暇はない。早く男を追いかけないと村がなくなってしまうかもしれない。アビレスは男の部屋を飛び出し、最初に通った道を引き返して行った.そして最初に着いた港に行き、来るときに乗っていた船にまた忍び込んだ。船はやがて出航し、ゆっくりとニューヨークから離れて行った。ずっと周りに何も見えない海原の上を進んで、数日後、やっとアマゾン川に入った。アマゾン川を登って行くにつれ、アビレスは周りの風景が行く時と比べてかなり変わっていることに気づいた。川の沿岸は前と同じように木がほとんど切り倒され、切株だけが並ぶ荒涼とした土地だったのだが、それでも遠くの方にはまだ森の姿が見えていた。しかし今は地平線の果てまで切株だけの荒野になっていた。アビレスの心の中では不安が急速に膨れあがっていった。もしかしたらもう遅いかもしれない。男はもう村の周辺の木を切っているかもしれない。そう。アビレスはしばらく男の部屋で倒れていたのである。男が先に村に着いていても何の不思議もない。村のみんなは今ごろ何をしているのだろう。長老は、ダニーロは、父は、母は。いろいろな人のことが頭の中で浮かんできた。村は、みんなは大丈夫だろうか。男もそんなに鬼ではないだろう。人が住んでいるところの木まで全部持って行くようなことはしないだろう。アビレスはそう信じることにした。そうでも思わないとやりきれない。もし自分の、たった少しのちいさな好奇心のために村がなくなってしまったら、そう思うとアビレスはやりきれない気持ちになった。
 「ああ、こんなことなら木を売ろうなんて変な気を起こすんじゃなかった。たったあれぐらいの小さなきっかけのためにこんなことになるなんて思いもしなかった。長老の言っていたことがやっとわかった。俺たちは木を守らなきゃいけなかったんだ。どうしてこんなことになるまで気がつかなかったんだろう。もっと早く気づいていればこんなことにならなかったのに。」とアビレスは心の中で呟いた。アビレスは後悔していた。それと同時に、「もし村が無事だったら俺が自然を守っていこう。」と決心した。アビレスはそのようなことを考えながら到着を待っていた。
 やがて船のスピードが落ち、着港体制に入った。アビレスは前と同じように素早く車の荷台に乗り込んだ。船が着くと誰かが車の方に来た。そして車に乗り込みエンジンをかけた。車は前と同じ道を走っていた。しばらく走っているとアビレスの見慣れた山が見えてきた。アビレスはちょっと車から顔を出し辺りを見てみた。その瞬間アビレスは愕然とした。まず山が以前のような緑色ではなく、茶色だった。そう。木が一本もなくなっているのである。剥き出しになっている赤土が妙に生々しかった。そしてその周辺に今までたくさんあった木は、これもまた一本もなくなっている。あるのは切株と赤土だけだった。
 車は以前とほぼ同じ場所に止まった。運転している人はその場から離れる気配はなかった。どうやら辺りの様子を見ているようだった。アビレスはその隙に車から降り、そのまま車の陰に隠れていた。ちょっとすると車はまた出発し、そのまま遠くに走り去って行った。アビレスはすぐ自分の村のあった場所に走って行った。辺りは見渡す限り地平線である。村には木で作った家などがあるはずなのだが、そのようなものはアビレスの行く先には何も見えなかった。アビレスの胸には何とも言い難い不安が溢れていた。しかし今は何より自分の村に戻ろうという気持ちで一杯だった。
 アビレスは走り続けた。そしてやっと、かつては自分の村だった場所に着いた。しかし無情にもそこには何もなかった。アビレスが村の場所を間違っているわけではなかった。なぜなら昔そこに村があったことを物語るものが数多く存在しているからである。建物の柱の跡、火を起こした跡、その他にもいろいろ村があった形跡がうかがえた。もう男が来て木を持っていった後なのだろう。本当に何もなくなっていた。アビレスはその場に呆然と立ちすくしていた。村はなくなってしまった。これからどうすればいいのだろうか。みんなはどうしたのだろうか。しかしアビレスには何一つ知る術がなかった。
 破壊はまだ始まったばかりである。

   完


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