小学校時代

1982年4月 北九州市立古前小学校入学

低学年のころはひたすら外で遊んでいた。授業が終わったら走って帰り、ランドセルを玄関に投げ、そのまま夕方まで友だちと遊んでいた。当時は「めんこ」にはまっていて、よく友だちと勝負していた。ビー玉とかコマとかもやったような気がする。近所の庭になっている「びわ」とか「ざくろ」とかを勝手にとって食べるのがとても好きだった。自宅の庭にはグミの木があり、毎年決まった時期になると実がなっていた。それはそれでたくさん食べたが、人の家の木の実も食べた。
中学年になってからも行動パターンはあまり変わらなかった。このころ初めて敬語というものを覚えた。3年生のときの先生が言葉遣いに厳しく、しっかりしつけられた。宿題というものがきらいで、ほとんどといっていいほどやらなかった。宿題をしていかないと、次の日先生からビンタをくらうのだが、それでもやらなかった。
高学年になると、ファミコンのおもしろさを覚えた。うちにはファミコンがなかったので、学校から帰ると、毎日のように友だちのうちに行き、門限ぎりぎりまでファミコンをやっていた。ちなみに門限は18:00。それを過ぎると母から棒でおしりをたたかれる。遅れた時は「道が混んでた」とか、「どっかのおばちゃんから声をかけられた」とか、今考えるといかにも嘘くさい言い訳をしていた。親も当然そんなことは気づいており、結局はおしりをたたかれる。
小学校4年からクラブ活動が始まり、僕は陶芸クラブに入った。これがけっこうおもしろくて、はまってしまった。茶わんとか湯のみとか作った。しかし形はぼこぼこしており、使いやすいものではなかった。5年生になると、鼓笛隊のようなものを作ろうということになり、僕もそれに入る。楽器はトランペットを担当。陶芸そっちのけに、トランペットにはまった。夏祭りのパレードで行進したり、大会に出たりした。
6年生になるとき児童会長に立候補し、無投票当選。1年間会長を務める。