4月1日に入学式。 入学式の5日前、3月25日に京都へ引っ越し。生まれて初めての一人暮らしが始まる。新居の名前は「寿寮」。築20年以上経過してるらしく、既にボロボロ。2階建てで、僕の部屋は2階の一番奥。入り口で靴を脱ぎ、長い廊下の両脇には扉があり、いくつもの部屋が並んでいる。ほとんど「めぞん一刻」の世界。それでも初めての一人暮らしということもあり、すごく心躍る日々だった。
3月26日、実家から持ってきた自転車で大学まで行ってみる。キャンパス内は入学式前ということもあって閑散としていた。下宿を探すとき「RBC立命館大学放送局」というクラブのBOXを見かけたのを思いだし、とりあえず行ってみる。するとその場で活動内容を詳しく説明してくれ、今日すぐに入局してもよいし、その後しばらくしてからでもよいとのことだった。ただ、活動は非常に大変だということは念をおされた。僕は迷わずその場で入局した。そしてこの瞬間こそが僕の大学生活の全てを決めたといっても過言ではない。その後の活動は全てここ「RBC」を中心にまわっていった。
入学してからの大学生活は非常に楽しかった。僕の入学した政策科学部は新設学部ということもあり、全てが暗中模索の状態だった。しかしその分、教授も学生も事務員も一体で学部を作っていこうという気概に満ちあふれていた。
一方、RBCでの活動は入学後しばらくしてから始まった。最初の活動は練習番組。新入局員だけで班を作り、協力して10分間の音声番組を完成させるというもの。そもそもこのクラブでは毎日昼休みに30分間の音声番組を学内で放送することを主な活動としており、その他では新歓時期と学園祭時期に大規模なイベントを行っていた。
RBCではアナウンス部、制作部、技術部と3つのパートに分かれて練習を行い、各部が協力しながら番組制作を行っていくという体制だった。僕は機械関係に興味があったので、迷わず技術部に入部。
つづく