1997年2月11日(火)資料請求ハガキを投函
1997年4月21日(月)応募要項が届く
会社案内パンフレットは入ってなかったが、会社概要を書いた紙が入っていた。今年の応募職種は一般職(男女)とアナウンサー(女性)。併願不可。
1997年5月18日(日)応募書類を郵送
書類は5月20日(火)消印有効。提出書類は履歴書B4サイズ(様式自由)。作文(テーマ「気になること」B4原稿用紙400字以内。自筆のみ)。一次面接は6月14日(土)・15日(日)が広島会場、6月18日(水)・19日(木)が東京会場。会場は選択できるが、日時の指定は不可。合格者にのみ連絡。
1997年6月4日(水)書類選考通過の通知
一次面接の要項を印刷されたハガキが届く。
1997年6月15日(日)一次面接 広島ホームテレビ本社
前夜に夜行バスで京都を出発。5:50に広島バスターミナルに到着。集合時間は13:30だったので、朝食後、平和記念公園に行く。まず資料館に入り、その後、公園内の様々なモニュメントを見てまわる。
13:10、広島ホームテレビに到着。ちょっと待ってると、係の人が待合室まで案内してくれた。机の上にアンケートと、結果連絡先と次回の希望会場を記入する紙、そして記念品のペンが置いてあった。次回の選考は6月26日(木)広島会場、6月27日(金)東京会場で行われ、希望する会場を選択する。今回の結果は6月21日(土)に合格者にのみ連絡するとのこと。そして次回の選考に参加する人は、その時に卒業見込証明書と健康診断書を持参するようにとのこと。13:40から説明が始まる。最初は人事部長の話。書類選考で応募者の4割ぐらいに絞ったらしい。ただ応募者の全体数は不明。地元の情報番組を他局に先駆けてやっているということをアピールしていた。続いて人事部の方の話。今回はグループ面接。3、4人を1組にして20分くらいの面接を行う。待合室を見渡してみると、女子アナを採用するためか、きらびやかな女性であふれていた。男の数は少なかった。男は3組に分けられ、僕は最初のグループ。面接部屋まで係の人に案内される。僕たちのグループは4人。14:03から面接開始。面接官は中堅クラスの男性2人。
1 なぜ広島ホームテレビを受けようと思ったの?
2 最近見て感動した番組は?
3 FBSのCM間引き問題についてどう思う?
4 愛知県の瀬戸万博についてどう思う?
5 諌早湾の干拓問題についてどう思う?
6 阪神大震災のボランティアには行った?
7 クラブではどういうことをやってきたの?
8 広島に原爆が落ちた時間を知ってる?→はい。8:15ですよね。
9 それじゃ長崎は?→......わかりません。
これは僕にだけ質問されたこと。他の人には
・ペルーの公邸突入についてどう思う?
・愛知県の瀬戸万博についてどう思う?
・広島市民球場のカープ戦の入場者数を増やすにはどうしたらいいと思う?
・サッカーの人気を呼び戻すにはどうやったらいいと思う?
などの質問があった。4人の中では僕への質問時間が一番長かった。なかなか手ごたえのある面接だった。面接が終了したのは14:48。20分間の予定が、終わってみると45分間。案内してくれた人も、「今まで見た面接の中では一番長かった」と言っていた。
待合室に戻って、アンケートの残りを記入する。しばらくすると、面接が終了した人から帰っていいという指示があり、書類を提出して帰る。
1997年6月21日(土)一次面接験通過の連絡
昼過ぎくらいに電話がかかってきて、一次面接を通過したと連絡を受ける。そして、次回の選考は希望通り東京会場に決ったと言われ、参加するかどうか確認される。もし辞退することになれば事前に連絡をくれとのこと。そして6月24日(火)に二次試験の案内のハガキが届く。
1997年6月27日(金)二次試験 広島ホームテレビ東京支社
集合時間は13:00。12:40に銀座の広島ホームテレビ東京支社に到着。まず卒業見込証明書と成績証明書を提出。13:00から説明が始まる。
13:20 SPI(国語)30分間
13:50 SPI(数学)40分間
14:30 SPI(性格)40分間くらい
休みなく連続して行う。最後の性格検査は全問回答しなければならないため、終わるまでやる。早めに終わった人は15:05になったら帰ってよいとのことだったので、早めに仕上げて帰る。
東京の試験会場に残ってる人は19人。広島会場で受験する人がどれくらいいるのかわからない。今回の結果は、合否に関わらず郵送にて連絡するとのことだが、合格者には先行して電話で連絡してくれるとのことだった。
1997年6月30日(月)二次試験通過の連絡
この日は外出していたので、17:00ぐらいにリモートで留守電を確認すると、広島ホームテレビから二次試験通過の旨を告げるメッセージが入っていた。すぐにコールバックすると、最終面接に参加するかどうかの意思確認をされ、参加すると言うと次回の要項を教えてた。次回は交通費が出るので、印鑑を持ってくるようにとのことだった。7月2日(水)最終面接の案内が封書にて届く。辞退する時は、当日でもいいので連絡してくれということを言われた。
1997年7月4日(金)最終面接 広島ホームテレビ本社
前夜に夜行バスで出発。集合は10:00のため、朝食をとりながらゆっくり新聞を読む。9:20ごろ、広島ホームテレビに到着。受付をすませて、1階ロビーで待つ。しばらくすると待合室に案内される。最終まで残っているのは23人。人事の人に聞いたところ、採用するのは5、6人らしい。最終面接でかなり絞り込むつもりらしい。待合室で結果の連絡先を記入する紙をもらう。
結果は7月4日(金)〜7月8日(火)のいつかに連絡するとのことだった。
10:00から面接開始。男から順に進んでいく。僕は8番目。
1 なぜマスコミを目指したのか。なぜ広島ホームテレビなのか。
2 ペルー事件の報道についてどう思う?
3 政策科学部っていうのは何をする学部?
4 システムアドミニストレータっていうのはどういう資格?
5 クラブでカメラはどういうの使ってたの?
6 報道志望とのことだけど、他にやりたいことはないの?
質問は以上。面接時間は10分程度。全体的に重苦しい雰囲気。誰が社長かわからなかった。手ごたえというものが全然つかめなかった。
1997年7月9日(水)不合格通知が届く
今年度の採用を見送らせていただきますという内容だった。