名古屋テレビ放送株式会社


1997年2月11日(火)資料請求ハガキを投函

1997年3月6日(木)応募要項が届く

 挨拶文と面接、試験の要項が郵送されてきた。所定の申込書と返信用封筒を同封の上、郵送にて応募。募集職種はアナウンサー、技術、報道、制作などその他全般。

1997年4月30日(水)書類郵送

 締切は5月2日(金)必着。提出書類はB4サイズ。オーソドックスなもの。面接会場は5月19日(月)、20日(火)が東京会場で、5月22日(木)、23日(金)が名古屋会場。名古屋会場の場合、静岡第一テレビと静岡放送に日程が重なってしまうため、交通費がかかるがやむなく東京会場を選択。

1997年5月13日(火)書類選考通過の連絡

 応募書類とともに郵送した返信用封筒で書類選考通過の通知が届いた。全体で約1700人の応募があったらしい。どのくらい書類選考を通過したのかはわからない。

1997年5月19日(月)一次面接 NTT麻生セミナーハウス

 前夜からJRバスドリーム号に乗って、6:45に東京駅に到着。集合時間は14:30なので、それまで渋谷、赤坂、六本木で遊ぶ。そして14:00に会場のセミナーハウスに到着。待合室の入口に受付があり、そこで返信用ハガキと受講票をもらい、面接終了後に提出するように言われる。面接会場は1から3まであり、順に入っていく。面接は受付をすませた順に進んでいく。受講票には結果の連絡先を記入し、次回の試験の会場を選択する。6月2日(月)の名古屋会場の場合は岡山放送の試験と日程が重なってしまうため、6月4日(水)の東京会場を選択する。
 14:30ごろ、3番面接室に行くように言われる。部屋の前にはイスが2つあり、前の人が終わるのを待つ。14:45ごろ前の人が終わり、部屋に入る。面接官は中堅クラスの男性社員が2人。面接官との距離はけっこう離れていた。
 1 どういう業界を受けてるの?
 2 名古屋とは何か関係があるの?
 3 どうして名古屋の放送局を受けるの?
 4 うちの番組見たことないよね。
 5 趣味はある?
 6 報道カメラマンになりたいの?
 7 どういう情報を扱いたいの?
 8 最近関心のある話題は?
 9 最後にアピールしたいことは?
 面接終了時間は15:00。だいたい15分くらい。面接官は話をよく聞いてくれる人だった。ところどころ笑いがあったりして、全体的にいい雰囲気だった。待合室に戻って、受付のときにもらったハガキと受講票を提出する。帰り際に面接資料と書かれたB4の紙をもらう。今回の面接を通過した人だけが次回の試験の時に提出するとのこと。試験の次の面接の時に使用するらしい。内容は大学での学科、課外活動、得意分野、趣味、愛読書、生活信条、性格、興味のある事件・事柄、志望動機、希望職種、他社への応募状況。

1997年5月26日(月)一次面接通過の通知

 一次面接通過の旨を伝えるハガキが郵送されてきた。次回の試験は希望通り東京会場になっていた。

1997年6月4日(水)マスコミセミナー NTT麻布セミナーハウス

 東京駅到着は6:30。午前中はファーストフード店でFBSとテレビ朝日映像の書類を書く。しかし、それも昼前には書き上がった。集合は13:00だが、やることがなくあまりにも暇だったため、12:10に会場に行く。だが、12:30にならないと会場の大講堂は開場しないらしく、しばらく外で待つ。12:30になって入場。入口のすぐ横にパンフレットをおいてあったので1冊もらう。席は自由。
 今回の選考は筆記試験。一般常識と作文。机の上に宛名シールが置いてあり、自分の住所・氏名・受講番号を記入する。通路側に宛名シールと今回の試験の受講票(前回の面接で宛名を書いたハガキ)、それと前回もらった面接資料という紙を置いておき、試験中に試験官が回収していく。
 試験は非常に難しかった。はんぱじゃない難しさ。朝日新聞やNHKの試験より難しい。就職活動全体を通じて、これと同じくらい難しかったのは関西テレビぐらい。問題用紙はA4サイズで数枚。問題数はけっこう多め。試験時間は長かったように記憶しているが、ぜんぜん時間が足りなかった。(記憶が曖昧)
 記憶している問題。
 1 バリ・サイパン・ニューカレドニア・グァム......を北から順にならべよ。
 2 (5つの文芸作品名が出て)これら芥川賞受賞作品を古い順にならべよ。
 3 BATMAN......(など5つのキャラクター)これらのパートナーの名前は?
 英語の問題もあったが、文章が長く、単語・熟語・構文ともに難易度が高かった。問題文も英語。ほとんどカンで答えた。はっきり言って、平均点はすごく低いことが予想される。
 試験が終わるとしばらく休憩。そして作文。
 作文テーマ 「廃棄物」「あなたが好きなテレビ番組」「アジア」
 これら3つの中から一つを選択。40分1000字。時間が短すぎる。普通1000字の作文を課すなら、60分以上なのだが、なぜか40分しかない。テーマが出されてすぐにどのテーマでどういう内容の文章を書くか決め、試験開始の合図とともに書き始めた。僕は「アジア」で文章を書いた。一時も手を休めず、必死で書き続け、終了5秒前に全部書き終わった。見直す暇などなかった。
 名古屋会場で受験した友人に聞いたところ、試験の問題は同じだったが、作文が「あなたが好きなテレビ番組」以外、違うテーマだった。

1997年6月9日(月)試験通過の通知

 マスコミセミナー(筆記試験)通過の旨を伝えるハガキが郵送されてきた。次回の面接は6月12日(木)に名古屋テレビ本社で行うという案内が書いてあった。

1997年6月12日(木)人事面接 名古屋テレビ本社5階D会議室

 午前中、東京で日経映像の面接が行われる。11:40に面接が終了し、すぐに東京駅から新幹線で名古屋へ。14:30ごろ名古屋駅に到着。集合時間は16:00だったため、喫茶店で一休み。そして15:20ごろ、ちょっと早めに到着。するとちょうど待ってる人が誰もいない時間帯だったらしく、「今面接やってる人が終わったらすぐ次に入って下さい」と言われた。受付で連絡先を記入する紙をもらい、すぐ記入する。心の準備ができておらず、ドキドキしながら面接部屋に向かう。時刻は15:25。ノックして入ると同時に一人の面接官が出て行った。トイレか何かで出たらしく、面接の途中に戻ってきた。
 1 君は名古屋出身じゃないよね。なぜ名古屋なの?
 2 うちでどういうことをしたいの?
 3 大学時代どういうことをしてきたの?
 東海3県出身者以外には全員「なぜ名古屋?」という質問をしてたらしい。上記だけだと簡単な内容というように見えるかもしれないが、2のところでけっこう苦戦した。詳しく書くと......
 「うちでどういうことをしたいの」
 「一番やりたいのは野球の中継カメラです」
 「うちはプロ野球やらないんだよね」
 「えっ、そうなんですか」
 「高校野球はやるけどね。サッカーもやる。でもプロ野球はやらない。うちは名古屋ドームの中継をしないことになってるんだよ」
 「あ、そうなんですか......」
 「最近カメラも外注が進んでてね。採用する年としない年があるんだよね」
 「今年はとる年ですか」
 「それはわからん。いい人がいたらとる」
 といった感じ。すごく大きなミスだった。名古屋ドームで行われるプロ野球の放映権は中部日本放送と東海テレビしか持っていないらしい。こういうことは事前に調べておくべきだった。最後にフォローでいろいろ言おうと思っていたが、しゃべろうとした瞬間に、「はい。それではこれで結構です」と言われ、終わってしまった。終了時刻は15:35。10分くらいの面接だった。なんとなく機械的にこなしてるといった感じだった。ただ、堅苦しい雰囲気ではなく、こちらの話もそこそこ聞いてもらえた。  受付で来たときにもらった紙を提出する。今回の結果連絡日は未定とのことだった。もし落ちてたらいつ落ちたのかわからない。

1997年6月16日(月)人事面接の結果

 この日は九州朝日放送の面接のため福岡にいた。面接が終わったところで天神地下街の公衆電話からリモートで留守電を確認すると、名古屋テレビから人事面接通過の旨のメッセージが入っており、今日明日中に電話してくれとのことだった。すぐにコールバックする。次回は6月18日(水)9:30に名古屋テレビ本社まで来てくれとのことだった。

1997年6月18日(水)最終面接 名古屋テレビ本社

 9:30集合。ちょっと早めに9:00ごろ到着。この日は午前と午後に面接が行われる。午前中は16人。午後も同じくらいの人数らしい。最終面接まで残ったのは約30人。そのうち10人前後が内定らしい。
 前回の人事面接の会場が今回の待合室。僕の受験番号は16番で午前中の最後。面接は3人1組。ただ、午前中最初の1人はアナウンサー志望者。ここまで残ったのは彼1人ということだった。この日は交通費が支給され、京都−名古屋の新幹線往復料金をもらう。9:20ごろから説明が始まり、10:00ちょっと前から面接開始。待ってる間、受験者にはオレンジジュースが配られる。  最初のアナウンサー志望者は1人で10分強。あとは3人1組で15〜20分。11:50ごろ、僕たちの番がきた。受験番号14番は名古屋市出身で現在は東京大学獣医学部。今年獣医師の資格がとれるらしい。(なぜ獣医師にならないのか疑問。面接官からも聞かれていた)15番は万博開催の瀬戸市出身で現在は南山大学文学部。落後研究会に所属していて、声がしっかりしていた。16番は僕。福岡県北九州市出身で立命館大学。全然名古屋と関係ない。ちょっとつらいものがある。
 面接は同じ質問を3人ずつというパターンではなく、1人にまとめて質問して、では次の人といった感じで進んでいく。僕は最後だったので、前の2人の言うことを聞いていた。そしていよいよ僕にまわってきた。
 1 京都の大学、北九州出身でなぜ名古屋テレビなの?
 2 君はカメラ志望だよね。なぜ?
 3 今、他に残ってるところは九州朝日放送と、他あとどこがある?
 4 今、関心のあることは?
 5 諌早湾の干拓についてどう思う?
 僕への質問はこれだけ。終了時刻は12:07。だいたい15分くらいの面接。全体的にすごく重苦しい雰囲気。あまり話を聞いてくれているような感じはしなかった。


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