街角散歩

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2006年5月 6日

凍りついた時間

凍りついた時間

旅先でアップした写真と文章を後から上書きすると言ってましたが、せっかくアップしたものを消すのももったいないので、前のものは残しつつ新たにアップすることにしました。

前の前の会社ではビデオパッケージと呼ばれる、放送目的でない映像の制作業務を行ってました。そんな中で「思川ダム開発記録ビデオ」という仕事を担当していました。いわゆる日本の公共事業、大規模開発のときは、建設記録を映像で残すことが義務づけられています。そんな記録映像の業務の一環として、ダム開発の記録を請け負っていたのです。

ただ、ダム開発というのは一朝一夕でできるものではありません。今回、撮影で訪れた栃木県の思川ダム開発も計画が策定されたのは40年以上も前のこと。元々は3個のダムを建設する予定だったのですが、ここ最近の行政改革の影響で、2つのダムは建設中止となりました。とは言っても1つのダムは建設されることになったのです。そのダムこそ、今回訪れた梶又地区に建設される予定なのです。完成予定は2010年。もう4年後にはダムが完成してしまうのです。元々、行政側の立場でダム建設の記録を撮り続けてきたのですが、それももう大詰めを迎えようとしているのです。前の会社を離れてかなりの年月が経ちますが、ダムに沈む集落のことが気になって、今回訪れてみることにしたのです。

車で集落の中に入って行くと、数年前に見た光景とだいぶ変わっていることに気づかされました。というのも、人家が全てなくなって、家の基礎部分しか残されていないのです。家々は全て取り壊されてしまったようなのです。かつては所々に家があって、何人かの人が住んでいたのですが、みんな立ち退きを受け入れ、離れた場所に移り住んだようです。残されていたのは神社と学校だけ。この学校は鹿沼市立梶又小学校といい去年の3月に廃校になりました。廃校になったという話はニュースで見たので知っていました。元々、僕が撮影に行っていたときも児童はたったの2人しかいませんでした。ダム建設の話が確定したのに合わせて、学校も閉じられることになったのです。今では廃校となって人影ひとつ見えない状態です。学校という、普段はにぎやかである場所から人の気配が全くなくなってしまうのは、限りないわびしさを感じざるをえません。

今回僕がこの学校を訪れたとき、たまたま現地の人と遭遇しました。この方は元々この地域に住んでいた方で、今は他の地域に移り住んでいるとのことでした。なんでも、学校の裏手にネコが住み着いていて、そのネコに毎日エサを運んでいるとのことでした。自分が住んでいた村がなくなること、にぎやかだった学校が沈んでいまうこと。そんなことをついつい話し込んでしまいました。この方は無骨な方でしたが、とっても親切な方で、別れ際に野菜ジュースとおにぎりをごちそうになりました。こういう出会いこそ旅の醍醐味。ありがたく受け取らせてもらいました。

この写真はその学校の校庭で撮影したものです。水の底に沈みゆく学校の切なさと寂しさを表現するために、今回は誰のパクリでもないオリジナルの手法を用いて撮影してみました。合成は一切やってません。色と明るさは調整しましたが、それ以外は全く手を加えていません。

それにしても、この学校を卒業した多くの人たちは、小学校時代の思い出と向かい合いたくなったとき、戻るべき場所をなくしてしまうわけです。廃校になってとり壊されるならまだしも、残っているのに水の底に沈んでいるとなると感じ方も全く違うものだと思います。そんな方々の気持ちを考えると、切ない気持ちを感じずにはいられなくなりました。

アップロード日時 : 2006年5月 6日 00:49    撮影場所 : [ 栃木 ]

地図

撮影詳細情報

撮影情報
撮影場所 鹿沼市立梶又小学校(廃校)
撮影日時 2006年5月 3日 09:55
カメラ情報
カメラ Canon EOS 20D
フォーマットサイズ APS-C
ISO感度 100
露出プログラム マニュアル
露出補正 ±0EV
露出時間 30秒
レンズ情報
レンズ EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM
焦点距離 10mm
絞り f/22

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